東海大学医学部医学科外科学系 准教授 井上 茂亮の研究グループ 関節リウマチや多発性硬化症など自己免疫疾患に対する候補化合物の迅速簡便なスクリーニング方法の開発に成功~オーダーメイド型免疫抑制剤の開発に期待~

2017年07月28日

東海大学医学部医学科外科学系 准教授 井上 茂亮〔いのうえ しげあき〕の研究グループは、この度、人工的に作成したHLA(human leukocyte antigen)発現細胞を用い、関節リウマチや多発性硬化症などの自己免疫疾患に関与するHLAの抗原提示を阻害できる化合物を迅速に見つけ出すスクリーニング方法の開発に成功いたしました。
なお、今回の研究成果は2017年7月28日(金)10時(イギリス時間)に論文誌『Scientific Reports』のWEB版(DOI:10.1038/s41598-017-07080-4)に掲載されます。

<本研究成果のポイント>
◇自己免疫疾患に関与する特定の遺伝子型HLAを発現させた細胞と抗原ペプチド断片を96穴プレート上で結合させることに成功
◇最大96種類の候補化合物の阻害能を一度に評価することのできるハイスループット・スクリーニング系を構築
◇この評価系により、個々の自己免疫疾患に対し、オーダーメイド型の免疫抑制剤開発が可能となり、新規の治療方法をもたらすことに期待

■研究の背景
免疫系は本来、体内に侵入した細菌やウイルスなどを検知してそれらを攻撃し、体内から駆除することにより、病気や感染症から体内を守る働きをしています。これがなんらかの原因で自己組織を侵入物と見なし攻撃すると、関節リウマチや多発性硬化症などの自己免疫疾患を引き起こします。自己免疫疾患の治療薬には、細胞の攻撃で発生する炎症を抑える抗炎症ステロイド剤や、免疫系細胞の活性化を抑制する免疫抑制剤が使われます。しかし、すべての患者で一様に免疫機能を抑制してしまうため、感染症に対するリスクを上昇させてしまう副作用があります(図1)。

近年、自己免疫性疾患の原因として「ヒト組織適合抗原(HLA)クラスⅡ」および「主要組織適合遺伝子複合体抗原(major histocompatibility complex MHCⅡ)」に注目が集まっています。MHCⅡ分子はマクロファージや樹状細胞といった抗原提示細胞の表面に存在しており、α鎖とβ鎖の2つの重合体から成り立ちます。通常の自然免疫では、細胞に感染したウイルスや癌抗原、あるいは抗原提示細胞に貪食処理されたペプチドなどが抗原提示細胞表面のMHCⅡ分子に結合し、それらがリンパ球のうちT細胞に抗原として認識され、免疫反応が引き起こされてウイルスや癌などを攻撃排除する方向に働きます。

しかし、MHCⅡ分子のβ鎖を規定しているHLA遺伝子配列には個人差があるため、抗原提示細胞の膜表面に発現されるα・β鎖から成り立つ重合体の立体構造にも個人差が生じ、このため結合する抗原ペプチド断片も個人ごとに異なります。また近年は、関節リウマチや多発性硬化症など自己免疫疾患の一部では、β鎖に発現している疾患関連遺伝子型と疾患発症リスクが報告されています(図2)。このような遺伝子をもつ患者では、自己組織のあるタンパク質を異物として認識し、自己ペプチドを抗原として提示してしまうことで、T細胞が活性化され自己組織に炎症や組織障害を引き起こします(図3)。したがって、この特定の遺伝子型のHLAクラスⅡに結合し、自己ペプチドとの結合を阻害できる化合物を見つけることができれば、その個人にあった副作用の少ない治療薬となる可能性があります。

これまでの研究では、自己免疫疾患用の特異的な治療薬となる候補化合物を見つけるため、特定の遺伝子型のHLAを発現させた細胞一つと候補化合物一つを入れて評価する方法が用いられてきました。しかし、この方法では1サンプルずつしか評価できず、候補を見つけるまでに長い時間を要していました。そのため、遺伝子を組み換え、当該疾患特有の特定遺伝子型HLAタンパク質を作成し、そこに候補化合物を入れ、96穴プレートとプレートリーダーを用いて評価する方法も実用化されています。しかしながら、HLAは細胞内でダイナミックな構造変化を伴うため、この評価法で効果のあった化合物が、実際の利用時に同等の効果を発揮できるか疑問がありました。

■研究の概要
本研究グループは、自己免疫疾患に関与する特定の遺伝子型HLAを恒常的に発現させた培養細胞株を作り出し、その細胞(3T3細胞)と抗原ペプチド断片を96穴プレート上で結合させることに成功しました。さらに、その96穴プレートに候補となる化合物を入れることで、最大96種類の候補化合物の阻害能を一度に見分けることのできるハイスループット・スクリーニング系の構築に成功しました(図4)。

この手法はプレートリーダーでの解析のため、比較的簡便かつ高速で複数の化合物を評価することが可能です。具体的には、関節リウマチと多発性硬化症関連遺伝子において、それぞれの抗原ペプチドの提示を阻害し得る化合物のスクリーニング系を構築できました。

多発性硬化症では、その関連遺伝子であるHLA-DRB1*15:01を発現させた細胞のみ、抗原ペプチドであるミエリン塩基性タンパク質由来のペプチド(MBP83-99)を抗原提示することが可能であり、その抗原提示能はMBPの添加量に依存していました(図5)。

また、この細胞に、MHCのすべての溝に結合するタンパクCLIPを添加することでその抗原提示が阻害されました(図6 左)。さらにCLIPの添加による毒性はなく細胞死は誘導されず、安全に抗原提示阻害薬探索を行う可能性が示唆されました(図6 右)。また同様の結果が関節リウマチに関与するHLAクラスⅡ(HLA-DRB1*01:01)と抗原ペプチド断片(II型コラーゲンペプチド〔CII263-272〕)においても確認できました。

今回、我々が確立したこのスクリーニング系により、それぞれの免疫疾患関連遺伝子に合った抗原提示阻害薬剤の迅速かつ簡便なスクリーニングが可能となることら、オーダーメイド型の免疫抑制剤の開発に貢献できると考えています(図7)。
また、免疫抑制剤の開発だけでなく、特定の遺伝子に関連した抗原ペプチドを探索することで、オーダーメイドな新たな腫瘍免疫療法(ガンワクチン療法)の可能性も見いだせると考えています。

【用語解説】
◇免疫
 細菌やウイルスなどの侵入に対して抵抗する力を獲得し、これを排除する機構のことです。次のような流れで働きます。
 ①体内に異物(ウイルスや細菌)が侵入する。
 ②細胞組織内にいるマクロファージなどが異物を細かくする。(細かくされた異物を「抗原ペプチド断片」という)
 ③抗原ペプチド断片が組織適合抗原(ヒトの場合「HLA」)クラスⅡ上にある抗原提溝に結合する。
 ④結合したものが、細胞表面に移動して提示される。
 ⑤免疫担当細胞であるT細胞の中のT細胞抗原受容体によって、提示された異物が何か認識される。
 ⑥認識後、異物を排除、処理、無毒化できるような細胞が活性化される。
◇抗原提示細胞(マクロファージ、樹状細胞)
 血球のひとつで、体内に侵入してきた細菌やウイルス感染細胞などの断片を「抗原」として自己の細胞表面上に提示し、T細胞を活性化する細胞です。
◇疾患関連遺伝子型(ハプロタイプ)
 免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域です。
◇主要組織適合遺伝子複合体抗原(MHCⅡ)
 マクロファージや樹状細胞、活性化T細胞、B細胞などの抗原提示細胞を含め、限られた細胞にのみ発現します。クラスII分子はα鎖とβ鎖の2つの重合体であり、それぞれ2つの細胞外領域および膜貫通領域、細胞内領域からなります。
◇HLA(human leukocyte antigen)
 ヒトの主要組織適合遺伝子複合体で、白血球の血液型と言われます。免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域です。
◇MHC
 細胞表面に存在する細胞膜貫通型糖タンパク分子であり、細胞内のさまざまなタンパク質の断片(ペプチド)を細胞表面に提示する働きを持ちます。細胞に感染したウイルスや癌抗原、あるいは抗原提示細胞に貪食処理されたペプチドなどがMHC分子に結合して細胞表面に提示され、それがリンパ球のうちT細胞に抗原として認識され、引き続き免疫反応が惹起されてウイルスや癌などを攻撃排除する方向に働きます。
◇多発性硬化症
 中枢性脱髄疾患の一つで、脳、脊髄、視神経などに病変が起こり、多様な神経症状が再発と寛解を繰り返す疾患である。日本では特定疾患に認定されている指定難病です。
◇プレートリーダー
 物理学・化学・生物学の実験や検査などで広く用いられる測定用機器で、マイクロプレートに入れた多数のサンプル(主として液体)の光学的性質を測定するものです。マイクロプレートの型式(6穴から1536穴まである)に合わせたものがあり、穴(ウェル)ごとにそのまま測定できるようにしてあります。

■本件に関するお問い合わせ
学校法人東海大学 経営企画室広報課
TEL:03-3467-2211(代表)
FAX:03-3485-4939
mail:pr@tokai.ac.jp

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