世界初:ヒメトガリネズミの飼育下繁殖に成功 ~絶滅危惧種保全とトガリネズミ研究への新展開~

2026年05月27日

ポイント

・ヒメトガリネズミの飼育下繁殖に世界で初めて成功。

・交尾行動、妊娠期間(2529日)、離乳時期(2530日)が判明。

・絶滅危惧種の保全と基礎生物学研究の両面での進展に期待。

 

概要                   

 北海道大学低温科学研究所の大舘智志助教、東海大学生物学部及び札幌市円山動物園の研究グループは、ヒメトガリネズミ(Sorex gracillimus)の飼育下繁殖に成功し、その交尾行動、妊娠期間、授乳・離乳過程及び新生仔の発達について、初めて定量的に明らかにしました。

 トガリネズミ類は極めて小型の哺乳類として知られ、また哺乳類として特異な生態や生理を持っていますが、一生を通じた観察が困難なことから、その研究は進んでいません。トガリネズミ類は高い代謝率と環境変化への敏感さから飼育が極めて難しく、特に寒冷地に生息する種では繁殖に関する詳細な知見がほとんどありません。本研究では、北海道で採集した個体及び飼育下で出生した個体を用いてペアリング実験を行い、妊娠期間を2529日、離乳時期を2530日と推定するとともに、交尾行動の特徴を明らかにしました。

 本成果は、これまで困難であった小型トガリネズミ類の飼育下研究を可能にする基盤を提供するものであり、進化・生態学研究及び希少種保全の双方に貢献することが期待されます。

 なお、本研究成果は、202654日(月)公開のMammal Study誌にオンライン掲載されました。

 

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 飼育下で繁殖をしたヒメトガリネズミの親子。右上が母親、左下が新生仔。成獣の体重は34グラム程度で、北海道に生息する4種のトガリネズミの中で2番目に小さい。

 

 

【背景】

 ヒメトガリネズミは北東アジアに分布する小型のトガリネズミで、北海道に生息する4種のトガリネズミの中では2番目に小さい種です。トガリネズミ類は体サイズが小さく代謝が非常に高いため、飼育が難しい哺乳類として知られています。

 北海道には、環境省レッドリストで絶滅危惧種に指定されているチビトガリネズミ(トウキョウトガリネズミ)も生息しています。この種は世界最小級の陸生哺乳類の一つであり、しばしば報道などで取り上げられ、注目されています。その保全のためには飼育下での繁殖技術の確立が重要と考えられますが、捕獲数に厳しい制限があるために、行動や繁殖についての研究はほとんど進んでいません。

 これまで、比較的体サイズが大きく飼育しやすいオオアシトガリネズミでは飼育下繁殖の報告例がありましたが、ヒメトガリネズミのような小型で扱いの難しい種では成功例がありませんでした。そのため、本研究ではチビトガリネズミに近い体サイズを持つヒメトガリネズミを対象に、飼育環境下での繁殖技術の確立を目指しました。

 さらにトガリネズミ類一般については、体が小さく野外での直接観察や生体の捕獲が極めて困難なために、繁殖行動や妊娠期間、授乳期間などの基礎的な情報を得ることが難しいとされています。そのため、飼育下での繁殖を観察することは、生態を解明する上で有効です。ところが、飼育下繁殖はおろか、トガリネズミ類を長期間飼育する技術も確立していませんでした。

 

【研究手法】

 北海道根室市で捕獲した個体及び飼育下で出生した個体を用い、札幌市円山動物園の施設において長期間におよぶ個別飼育を行いました。その後、性成熟に達した個体を用いてペアリング実験を実施しました。

 行動はビデオ記録により観察し、「接触」「求愛的接触」「マウント(交尾行動)」の三つに分類して、交尾頻度と持続時間を定量化しました。また、妊娠個体の体重変化や新生仔の発達過程を継続的に記録しました。

 

【研究成果】

 本研究では、北海道産のトガリネズミ類4種について、安定的な長期飼育技術を確立しました。そして、ヒメトガリネズミの繁殖に関する知見を世界で初めて明らかにしました。

3例の妊娠・出産に成功

・穏やかな接触(「じゃれ合い行動」)や追尾を伴う独特の交尾行動を確認
・マウント頻度は1時間あたり0.40.8回程度
・妊娠期間は2529
・離乳は生後2530日頃
・出生時体重約0.3gから、約20日間で10倍以上の3.5gに急速に成長

 これらの結果は、ヒメトガリネズミの繁殖行動が、オオアシトガリネズミなど他のトガリネズミ類の雌雄間の激しい攻撃を伴うものと異なる特徴を持つことを示しています。

 

【今後への期待】

 今まで成功している大型種のオオアシトガリネズミの飼育下繁殖に加えて、本研究により、ヒメトガリネズミという飼育が難しい小型種において飼育下での繁殖に成功しました。トガリネズミ類の繁殖に関する基礎的知見が蓄積されたことは、希少種の生息域外保全*1に向けた重要な一歩といえます。

 本成果は、より小型で絶滅危惧種であるチビトガリネズミの飼育下繁殖に向けた技術的基盤となることが期待されます。今後、飼育条件や繁殖手法の改良を進めることで、小型トガリネズミ類の保全や生態解明に大きく貢献することが期待されます。

 さらに、トガリネズミ類は数時間の絶食にも耐えられないくらいの高い基礎代謝を持ち、また冬期に一旦体重が減少し、春に増加して繁殖を一斉に開始するなど、独特の生活史や特異な生態・生理を持つことが知られています。その理解を深めるためには、野外研究に加えて実験室での詳細な検証が不可欠です。本研究で確立された飼育・繁殖の基盤により、これまで困難であった実験的研究や観察が可能となり、未解明な点の多いトガリネズミの生態学・進化学的研究の進展が期待されます。本研究は、トガリネズミ類を対象とした実験的研究の基盤を初めて確立した点でも重要な成果です。

 

論文情報

論文名

Breeding behavior and growth of young in captive slender shrews, Sorex gracillimus

(ヒメトガリネズミの飼育下における繁殖行動と幼獣の成長)

著者名

久保島慎之介1、小林木野実2、飯島なつみ2、本田直也23、河合久仁子1、大舘智志4

1東海大学生物学部生物学科、2札幌市円山動物園、3野生生物生息域外保全センター、4北海道大学低温科学研究所)

雑誌名 Mammal Study(哺乳類学の専門誌)
DOI 10.3106/ms2025-0020
公表日 202654日(月)(オンライン公開)

 

お問い合わせ先 

北海道大学低温科学研究所 助教 大舘智志(おおだちさとし)

TEL 011-706-7474  FAX 011-706-7142 

URL https://researchmap.jp/OhdachiSatoshi

 

札幌市円山動物園 飼育展示・診療担当課

課長 石橋佑規(いしばしひろき)/ 飼育展示一担当 係長 増田祥太郎(ますだしょうたろう)

TEL 011-621-1426

URL https://www.city.sapporo.jp/zoo/

 

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-press@general.hokudai.ac.jp

 

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TEL 011-571-5111(代表) FAX 011-571-7879 メール shige@tokai.ac.jp

 

札幌市円山動物園飼育展示・診療担当課(〒064-0959 札幌市中央区宮ケ丘3番地1

TEL 011-621-1426  メール maruyamazoo-shiiku@city.sapporo.jp

 

【用語解説】

1 生息域外保全 ... 動物や植物をもともと暮らしている自然の場所(野生)から離れた場所(動物園や植物園など)で守る方法。人の管理下で繁殖させるといった取り組みがこれにあたる。野生では数が減ったり、環境が悪化して生き残るのが難しくなったりするなど、種を絶滅から守るための"保険"のような役割を持ち、将来的には数を増やして再び自然に戻すこと(再導入)も目指される。

 

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