高血圧の新たな発症メカニズムを解明 ー皮膚の微小血管収縮と血圧上昇の関係を明らかにー

2025年05月29日

 横浜市立大学医学部循環器・腎臓・高血圧内科学の田口慎也医師、小豆島健護講師、涌井広道准教授、田村功一教授の研究グループは、同大学医学部消化器・腫瘍外科学の遠藤格教授、同大学医学部外科治療学の齋藤綾教授、香川大学医学部形態・機能医学講座薬理学の北田研人助教、西山成教授、琉球大学大学院医学研究科先進医療創成科学講座の山下暁朗教授(現所属:近畿大学薬学部)、東海大学生体機能学の松阪泰二教授、Duke-NUS Medical School(米国デューク大学-シンガポール国立大学共同医学大学院)の森澤紀彦研究員らとの共同研究により、皮膚におけるレニン-アンジオテンシン系(RAS)*1の活性化が血圧上昇に寄与することを明らかにしました。
 高血圧は脳卒中や心筋梗塞・心不全などの最大のリスク因子であり、今や 3 人に 1 人以上が罹患する国民病です。従来、血圧調節は主に心血管系や腎臓が担うと考えられてきましたが、本研究では、ヒト皮膚検体および遺伝子改変マウスを用いた解析を通じて、皮膚がRAS 活性化を介して高血圧の発症・進展に関与することを証明しました。この知見は高血圧の新たな治療戦略の開発につながる可能性があり、今後の研究展開が期待されます。
 本研究成果は、「Nature Communications」に掲載されます(日本時間 2025 年5月 29 日18 時)。

 

研究成果のポイント
⚫ 高血圧患者の皮膚では RAS の活性抑制因子である ATRAP が減少。
⚫ 皮膚特異的 ATRAP 欠損マウスでは皮膚 RAS が活性化し高血圧が増悪。
⚫ 同マウスにおいて、皮膚 RAS の活性化は皮膚における微小血管の過剰収縮に寄与。

 

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研究背景
 高血圧は日本国内で約 4,300 万人が罹患する国民病です。国内での脳心血管病死亡の最大の要因であり、2019 年には年間約 17 万人が高血圧と高血圧関連疾患(脳卒中や心筋梗塞・心不全など)により死亡していると推測されます。また、高齢者では高血圧が認知機能障害やフレイル(身体的・認知機能の低下が見られる状態)のリスク因子となっており、その管理が重要です。現在の治療法として、食事療法や運動療法、薬物療法が広く行われており、これらを組み合わせることが高血圧の治療法です。しかし、高血圧の約 90%を占める本態性高血圧*2 の病態機序は未解明な部分が多く、現在の治療法でも血圧コントロールが十分に達成されていない患者が多いのが現状です。近年、皮膚の微小環境の変化が血圧制御に関与する可能性が示唆されていますが[1-3]、その具体的な分子メカニズムは不明でした。

  


研究内容
 本研究では、さまざまな血圧レベルの患者の皮膚検体および表皮の大部分を占めるケラチノサイト特異的な遺伝子改変マウスを用いて、皮膚組織レニン-アンジオテンシン系(RAS)の活性と高血圧の関連を検討しました。
 高血圧患者と血圧が正常な患者の皮膚組織における RAS 構成因子発現を解析したところ、RAS 抑制作用を有する ATRAP*3 の発現量は収縮期血圧と負の相関を示し、皮膚の ATRAP 発現が低い患者では血圧が高いことが判明しました。
 そこで、これらの因果関係や分子メカニズムを検証するために、皮膚ケラチノサイト特異的に ATRAP を欠損させたノックアウト(KO)マウスを作製し、アンジオテンシン II 投与により高血圧を誘導したところ、KO マウスでは、対照群と比較して高血圧が増悪し、皮膚特異的に RAS が活性化していることが確認されました。さらに、KO マウスでは皮膚の血流量が低下し、皮膚からの水分蒸散量が減少していることが明らかとなり、皮膚における微小血管の過剰収縮が予測されました(図 1)。
 これらの結果から、皮膚 RAS の活性化が皮膚の微小血管収縮を介して血圧上昇を引き起こし、高血圧の発症・進展に寄与していることが明らかとなりました。

 

 今後の展開
 本研究成果は、皮膚を用いた高血圧リスクの早期診断や、高血圧の新たな治療戦略の開発につながる可能性があります。皮膚 RAS をターゲットにした治療法を確立することで、従来の治療法(食事療法、運動療法、薬物療法)と組み合わせたより効果的な血圧コントロールが実現でき、健康寿命の延伸に貢献できると考えられます。さらに、皮膚 RAS の活性化を抑制する治療法は、従来の薬物療法に比べて副作用が少なく、血圧コントロールにおいて優れた効果を示す可能性があります。このような治療法が確立されれば、今後の高血圧管理に革新をもたらし、より多くの患者に利益をもたらすことができると期待されます。今後は、皮膚 RAS を標的とした臨床応用にむけて、皮膚ケラチノサイトにおける ATRAP 減少と皮膚血管収縮をつなぐ詳細な分子メカニズムを解析するとともに、皮膚 ATRAP の発現増強を介した新たな治療戦略への応用を目指します。

 

 研究費
 本研究は、JSPS科学研究費(JP19K18010, JP20K22908,JP22K16247,JP23K07678,JP23K06871,JP24K10576)、一般財団法人 横浜総合医学振興財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、特定非営利活動法人 日本腎臓病協会 日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 共同研究事業、公益社団法人 日本透析医会、公立大学法人 横浜市立大学 かもめプロジェクト、科学技術振興機構(JST)、一般財団法人 守谷奨学財団、公益財団法人 ソルト・サイエンス研究財団、公益財団法人 循環器病研究振興財団、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人 武田科学振興財団などによる研究助成を受けて行われました。


論文情報

タ イ ト ル Keratinocyte-specific angiotensin II receptor-associated protein deficiency exacerbates angiotensin II-dependent hypertension via activation of the skin reninangiotensin system
著者 Shinya Taguchi, Kengo Azushima, Kento Kitada, Norihiko Morisawa, Satoshi Kidoguchi, Ryutaro Morita, Kazuya Nakagawa, Atsushi Ishibe, Itaru Endo, Keisuke Kazama, Yasushi Rino, Aya Saito, Sho Kinguchi, Ryu Kobayashi, Taiji Matsusaka, Akio Yamashita, Hiromichi Wakui, Akira Nishiyama, Kouichi Tamura
掲載雑誌 Nature Communications
DOI https://doi.org/10.1038/s41467-025-60041-8

 

 

用語説明

*1 レニン-アンジオテンシン系(RAS):血圧や体液の恒常性を維持する重要なホルモンシステム。アンジオテンシン II を主なエフェクターとし、血管の収縮やナトリウム・水の再吸収を調節することで血圧を制御する。
*2 本態性高血圧:特定の原因が明確でない高血圧。遺伝的要因や環境因子、ライフスタイルの影響などが複雑に絡み合い、血圧の上昇を引き起こすとされる。全高血圧患者の約90%を占め、病態生理は未解明の部分が多い。
*3 ATRAP (Angiotensin II Type 1 Receptor-Associated Protein):アンジオテンシン II 受容体(AT1 受容体)に結合し、その過剰な活性化を抑制する分子。AT1 受容体のシグナル伝達を負に制御し、血圧上昇や組織障害の進行を抑制する役割を持つ[4]。



参考文献
[1] Machnik A, Neuhofer W, Jantsch J, Dahlmann A, Tammela T, Machura K, Park JK, Beck FX, Müller DN, Derer W, Goss J, Ziomber A, Dietsch P, Wagner H, van Rooijen N, Kurtz A, Hilgers KF, Alitalo K, Eckardt KU, Luft FC, Kerjaschki D, Titze J. Macrophages regulate salt-dependent volume and blood pressure by a vascular endothelial growth factor-C-dependent buffering mechanism. Nat Med. 2009 May;15(5):545-52. doi: 10.1038/nm.1960.
[2] Wiig H, Schröder A, Neuhofer W, Jantsch J, Kopp C, Karlsen TV, Boschmann M, Goss J, Bry M, Rakova N, Dahlmann A, Brenner S, Tenstad O, Nurmi H, Mervaala E, Wagner H, Beck FX, Müller DN, Kerjaschki D, Luft FC, Harrison DG, Alitalo K, Titze J. Immune cells control skin lymphatic electrolyte homeostasis and blood pressure. J Clin Invest. 2013 Jul;123(7):2803-15. doi: 10.1172/JCI60113.
[3] Kitada K, Nishiyama A. Potential Role of the Skin in Hypertension Risk Through Water Conservation. Hypertension. 2024 Mar;81(3):468-475. 
doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.123.20700.
[4] Tamura K, Azushima K, Kinguchi S, Wakui H, Yamaji T. ATRAP, a receptor-interacting modulator of kidney physiology, as a novel player in blood pressure and beyond. Hypertens Res. 2022 Jan;45(1):32-39. doi: 10.1038/s41440-021-00776-1

 

お問い合わせ先

<研究成果に関する窓口>
横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学
講師 小豆島健護
Tel:045-787-2635

<取材対応に関する窓口>
横浜市立大学 総務部総務課長 鈴木佳孝
Tel:045-787-2414
koho@yokohama-cu.ac.jp

香川大学医学部 総務課 広報法規・国際係
Tel:087-891-2008
kouhou-m@kagawa-u.ac.jp

琉球大学総務部総務課広報係
Tel:098-895-8175
kohokoho@acs.u-ryukyu.ac.jp

東海大学医学部付属病院 事務部事務課(広報)課長 後藤貴志
Tel:0463-90-2001(直)
prtokai@tokai.ac.jp

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