発達障害ASDの原因遺伝子、脳の免疫細胞で機能することを解明 ~自閉症の原因解明、治療法開発への応用に期待~

2025年01月20日

 東海大学[伊勢原キャンパス]医学部の金児-石野知子客員教授と東京科学大学名誉教授で同大学リサーチインフラ・マネージメント機構の石野史敏非常勤講師らの研究チームは、自閉スペクトラム症(ASD*1の原因遺伝子と考えられているRTL4Retrotransposon Gag-like 4)が脳の免疫細胞であるミクログリア*2で発現し、覚醒、注意、新規環境への適応に重要な働きをするノルアドレナリン(NA*3に反応して増加することを明らかにしました。

 

 

ポイント

・自閉スペクトラム症(ASD)の原因遺伝子と考えられるRTL4/SIRH11が脳の免疫細胞であるミクログリアで機能することを明らかにした。

・RTL4タンパク質は、覚醒状態、警戒、注意、新規環境への適応などに重要なノルアドレナリン(NA)刺激に応じて分泌され、NA神経系の正常な発達に重要な機能を果たしていると思われる。

・RTL4は発現量が極めて少ないため、蛍光タンパク質Venusと繋ぎ、感度の高い共焦点レーザー顕微鏡で観察することで、生後脳での発現部位、NA刺激応答を明らかにすることが可能になった。

・RTL4ASD発症に関わることが明らかになった、初めてのウイルス由来の哺乳類特異的遺伝子で、その脳内動態や特性が明らかにできたことで、自閉症の原因解明、治療法の開発につながることが期待される。

 

 発現量が極めて低く、長い間不明であったRTL4タンパク質の脳内動態を明らかにするため、当研究チームはゲノム編集*4によって蛍光タンパク質Venus*5を繋げたRTL4タンパク質を体内で合成するノックインマウス(KIマウス)を作製した。Venusを目印にRTL4の動態を解析した結果、生後脳における発現部位、環境変化への反応、ノルアドレナリン(NA)の機能を真似る薬品イソプロテレノール*6への反応性、ならびにミクログリアでの特異的発現を明らかにしました。本研究は、哺乳類に特異的に存在するウイルス由来の獲得遺伝子群*7の機能解析の一環として実施されたもので【図1】、ASD発症の仕組みの解明や新しい治療薬の開発につながる可能性があります。

本成果は、20241223日付(現地時間)の「International Journal of Molecular Science」誌に掲載されました。

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■研究の背景

 当研究グループは2015年、ウイルス由来の哺乳類特異的遺伝子であるRTL4を欠損させたマウス(当時Sirh11/Zcchc16遺伝子として報告)が、衝動性の亢進、新規環境への適応性の減少、短期空間記憶の低下などを示すことや、脳の前頭前野でNA量の回復が遅れることを報告しました(PLoS Genet 2015)。頻度は低いもののRTL4 の遺伝子変異は自閉スペクトラム症(ASD)患者で見つかり、原因遺伝子の一つと考えられています。しかし、脳内での発現量が極めて少ないことから、脳での機能の実態は長い間不明でした。そこで今回、東京科学大学難治疾患研究所未来ゲノム研究開発支援室の平岡洋一助教、鈴木亨助教の支援を受け、蛍光タンパク質Venusをコードする遺伝子をRTL4の後ろに繋いだ KIマウスを作製し、合成されたRTL4CVタンパク質*8の脳内発現部位や動態の詳細を解析しました。

 

■研究成果

 本研究では、Venusの蛍光だけを計算的に抽出できる機能を持つ共焦点レーザー顕微鏡を用いた観察により、RTL4CVタンパク質が生後脳の視床下部、中脳、扁桃体、海馬で発現することを確認しました【図2】。また、KIマウスにさまざまな刺激(匂い・音・明るさなど)を与えることでシグナル量が増え、NAの機能を真似るイソプロテレノールに反応すること【図3】や、脳の免疫細胞であるミクログリアで特異的に発現すること【図4】などが明らかになりました。ミクログリアは、さまざまな精神疾患への関与が示唆されていますが、ミクログリア特異的遺伝子がASDの発症に関与していることを今回初めて明らかにしました。 

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■社会的インパクト

 新生仔が母親の匂いを認識するなど、新しい環境へ適応する時期に、NAに反応性を示すRTL4タンパク質がミクログリアから分泌されることが明らかになりました。ASDの発症につながるRTL4タンパク質の脳内動態が示されたことは、疾患作用機序の解明に向けた大きな一歩であり、新しい治療薬の開発に寄与する可能性があります。

 

■今後の展開

 ASDの発症に関係する重要な脳機能を持つ遺伝子が、大昔に感染したレトロウイルスのDNAを利用した遺伝子であることは、ヒトを含む哺乳類の進化にウイルスが非常に大きく関与していることを示唆しています。ヒトのゲノムの遺伝子部分は1.5 %であるにも関わらず、RTL/SIRH遺伝子のような内在性レトロウイルスは9%を占めています。これらは長らく研究の対象外とされてきましたが、多数のレトロウイルス由来の未知遺伝子が存在し、ヒトの進化に関与したものがある可能性が期待できます。

 

■付記

本研究は以下の助成を受けて推進されました。

金児-石野知子:日本学術振興会(JSPS)最先端・次世代研究開発支援プログラム(NEXT Program LS112)、科学研究費助成基盤研究C 17K07243 and 21K06127)、東京医科歯科大学難治疾患研究所難治疾患共同研究拠点支援プログラム(平成24年~令和2年度)。

石野史敏:日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成基盤研究S23221010)、基盤研究A16H02478 and 19H00978)、挑戦的研究(開拓)(20K20584

 

■論文情報

掲載誌:International Journal of Molecular Science

論文タイトル:RTL4, a Retrovirus-Derived Gene Implicated in Autism Spectrum Disorder, Is a Microglial Gene That Responds to Noradrenaline in the Postnatal Brain

著者:Fumitoshi Ishino,  Johbu Itoh, Ayumi Matsuzawa, Masahito Irie, Toru Suzuki, Yuichi Hiraoka, Masanobu Yoshikawa and Tomoko Kaneko-Ishino

DOI10.3390/ijms252413738

 

【用語説明】

*1自閉スペクトラム症(ASD):発達障害の一つで、人とのコミュニケーションが苦手・物事に強いこだわりがあるといった特徴を持つ。かつての、自閉症やアスペルガー症候群、広汎性発達障害などを含む言葉。

*2 ミクログリア:中枢神経系の免疫を担うグリア細胞で、神経系の機能維持にも重要な働きをしている。

*3 ノルアドレナリン(NA):神経伝達物質、ホルモンの一種で、強い感情や人体がストレスを感じた時に放出される。

*4 ゲノム編集:CRISPR/Cas9など、特定のDNA配列を認識し切断する酵素を利用して、標的遺伝子を改変する技術。

*5 蛍光タンパク質Venus:励起光を与えると蛍光を発するタンパク質の一種で、黄色の強い蛍光を出すことから、金星にちなんで名付けられた。

*6 イソプロテレノール:ノルアドレナリン(NA)と共通のアドレナリン受容体(β2)を介して機能する薬で、気管支喘息急性発作に対する薬物治療などに使われる。

*7 ウイルス由来の獲得遺伝子群:ここでは、かつて哺乳類の祖先となる生物に感染し、ゲノム内に挿入されたウイルスの遺伝子が、いくつもの変異により、新しい機能を持った遺伝子として使われるようになったもの。胎盤形成に必須のPEG10PEG11/RTL1などが知られている。

*8 RTL4CVタンパク質:ゲノム編集技術を使ってRTL4タンパク質の後ろに蛍光タンパク質Venusを繋げて、RTL4タンパク質の挙動をVenusの蛍光シグナルで追跡できるように改変したもの。

 

■研究者プロフィール

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金児-石野知子(カネコ-イシノ トモコ)

東海大学 客員教授

研究分野:分子生物学 ウイルス由来の哺乳類特異的獲得遺伝子

 ホームページ:http://mammalian-specific-genes.med.u-tokai.ac.jp

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学医学部付属病院 事務部事務課(広報)

 TEL:0463-90-2001(直通)E-mail:prtokai@tokai.ac.jp

 

 

 

 

 

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