【研究発表】 猛毒「カツオノエボシ」  繁殖生態の一端を解明 ~人的被害もたらす謎多き毒クラゲの生活史、全貌解明に期待~

2024年11月13日

 東海大学[札幌キャンパス]生物学部生物学科の小口晃平 講師を代表研究者とする、東京大学大学院理学系研究科附属三崎臨海実験所の幸塚久典 技術専門職員、新江ノ島水族館飼育員 山本岳、イェール大学 Casey W. Dunn教授らの共同研究チームは、毒クラゲの一種「カツオノエボシ」が放出するGonodendron(生殖枝)*1と呼ばれる構造に含まれる生殖細胞が、放出時には未成熟であることを明らかにしました。本研究成果は、2024103日に「Scientific Reports」に掲載されました。

 

<本研究のポイント>

①カツオノエボシは、古くから危険生物として知られているにも関わらず、いつ、どこでどのように繁殖しているのか、未解明な点が数多い。

②繁殖課程を解明するため、繁殖器官と考えられてきた生殖枝に注目。これまで明確な配偶子や生殖細胞は発見されていない。

③生殖体は上皮、生殖細胞層、胃腔(消化管)細胞の3層からなる複雑な構造を持つことを確認。

④生殖枝が生殖体から切り離された時点では、生殖細胞は減数分裂の初期段階にあり、放出後に成熟が進む可能性が強く示唆された。

⑤本研究成果は2024103日に「Scientific Reports」に掲載

 

■研究背景図1.カツオノエボシの構造.png

 カツオノエボシは、世界中に広く分布し、非常に強い毒を持ち、海水浴場等でヒトを刺傷することが知られています(図 1 )。刺胞動物門ヒドロ虫綱クダクラゲ目Physalia属に属するカツオノエボシは、クラゲの仲間であり、神奈川県などの海では毎年夏から秋にかけて、強い南風が吹くと沿岸に吹き寄せられ、砂浜などに打ちあげられる身近な存在です。

古くから危険生物として知られているにも関わらず、本種の長期飼育は非常に難しく、世界的に精子や卵が見つかっていないなど、いつ、どこでどのように繁殖しているのか、未解明な点が数多く残されています。

 

■研究成果図2.本体から切り離された生殖枝.png

 本研究では、カツオノエボシの繁殖過程を解明するため、繁殖器官と考えられてきたGonodendron(生殖枝)に注目しました(図2)。生殖枝の内部には、卵や精子など配偶子を作ると考えられているGonophore(生殖体)*2と呼ばれる構造がありますが、これまで明確な配偶子や生殖細胞は発見されていませんでした。

 そこで、本研究では生殖枝およびその中に含まれる生殖体を対象に、組織形態学的な観察を行いました(図3)。その結果、生殖体は上皮、生殖細胞層、胃腔(消化管)細胞の3層からなる複雑な構造を持つことを確認しました。しかし、検鏡した生殖体には、明確な配偶子(卵や精子)は確認できませんでした。これ加え、フローサイトメトリーによる核相解析の結果、生殖体内では配偶子を示す半数体細胞(1C)は検出されず、すべての細胞が倍数体(2Cまたは4C)であることが確認されました(図4)。これは、生殖枝が本体から切り離された時点では、生殖細胞が成熟には至っていないことを示しています。

図3.生殖体の構造 図4.カツオノエボシの生殖枝(左)とヨウラククラゲの生殖層(右)に含まれる細胞の核層.png

図5.各構造における減数滅裂に関わる遺伝子の発現レベル.png

 

 生殖細胞の成熟段階を調べるために、生殖細胞マーカー(PiwiVasa-1Vasa-2)や減数分裂の第1分裂に関与する遺伝子(Dmc1Mnd1Msh4/5Sycp1)の遺伝子発現解析を行いました。その結果、生殖体においてこれらの遺伝子が高い発現を示していました(図5)。このことから、生殖枝が本体から切り離された時点では、生殖細胞は減数分裂の初期段階にあり、放出後に成熟が進む可能性が強く示唆されました(図6)。

 

 

図6.カツオノエボシの生殖枝の構造と繁殖生態の一部.png

■今後の展望

 カツオノエボシは世界中に分布し、人的被害をおよぼすなど、度々注目を浴びてきた生物です。構造が脆いことに加え長期的な飼育が難しく、その発生や生態の大部分が謎に包まれています。今後の研究では、生殖枝がいつどこで本体から切り離されるのか、そして切り離されたのち、どのように成熟し、配偶子が放出されるのか、解明したいと考えています。また、本研究成果をきっかけとし、同様の研究が世界規模で行われることでカツオノエボシの生活史の全貌が明らかになることが期待されます。

 

 

■論文情報

タイトル

Physalia gonodendra are not yet sexually mature when released

著者

小口 晃平(東海大学 生物学部生物学科)、幸塚 久典(東京大学大学院理学系研究科附属三崎臨海実験所)、山本 岳(新江ノ島水族館)、Casey W. Dunn(Department of Ecology and Evolutionary Biology, Curator of Invertebrate Zoology, Peabody Museum, Yale University)

掲載雑誌

Scientific Reports

DOI

10.1038/s41598-024-73611-5

 

 

 

■用語説明

*1 Gonodendron(生殖枝)

繁殖に関わる様々な構造の複合体。成熟するとカツオノエボシの本体から切り離されて海中を漂い、有性生殖を行うと考えられている。

 *2 Gonophore(生殖体)

生殖枝内に含まれる、卵や精子などの配偶子を作ると考えられている構造。

<研究に関するお問い合わせ>

東海大学 生物学部生物学科 小口 晃平

TEL.011-571-5111(代表)

 

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学 ウチムラカンゾウカレッジ札幌オフィス 田中

TEL.011-571-5111(代表)

 

東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室

TEL. 03-5841-8856 

 

新江ノ島水族館 広報担当 井上 麻子

TEL. 0466-29-9963(広報直通)

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