アモルファス物質の超低熱伝導率の機構を新たな方法で解明 ~熱電変換材料など低い熱伝導率が求められる機能性材料の開発に活路~

2023年11月20日

東海大学[湘南キャンパス]工学部応用化学科の高尻雅之教授の研究グループは、3オメガ法(熱伝導率測定法)とナノインデンテーション法(硬さ・弾性率測定法)を組み合わせた熱輸送の解析方法を開発し、アモルファス(非晶質)物質が示す超低熱伝導率の機構を明らかにしました。この研究成果は、熱電変換材料をはじめとした低い熱伝導率が求められる機能性材料の開発に大きく貢献できると期待されます。また、この解析方法は既存の2つの技術を組み合わせた技術であるため、利便性が高く、アモルファスだけでなく合金などの原子配列が複雑な構造にも利用できます。

<本件のポイント>

①  3オメガ法とナノインデンテーション法を組み合わせた熱輸送の解析方法を開発し、アモルファス(非晶質)材料の熱伝導率、群速度、フォノン平均自由行程の測定に成功した。

②  アモルファスシリコン薄膜の熱伝導率は単結晶シリコンの熱伝導率と比較して約2.5%にまで低下した。

③  アモルファスシリコン薄膜の超低熱伝導率の機構はフォノン平均自由行程の大幅な減少が主要因であることが判明した。


この研究をまとめた論文が、2023年11月11日(土)にオンラインジャーナル『Applied Physics Express』に掲載されました。

 

研究の概要

アモルファス材料*1とは、構造的には結晶のように原子配列が規則的ではなく、短距離秩序はあるが、長距離秩序がない固体であり、熱伝導率が非常に低いことが知られています。この低い熱伝導率は熱電変換材料*2をはじめとした断熱性が必要な機能性材料には大きなメリットになります。しかし、アモルファス材料は複雑な構造のため、熱伝導率が低くなる機構を突き止めることは困難でした。熱輸送の主な要素は熱伝導率*3、群速度*4、フォノン平均自由行程*5です。本研究グループは、3オメガ法(熱伝導率測定法)*6とナノインデンテーション法(硬さ・弾性率測定法)*7を組み合わせた熱輸送の解析方法を開発することで、3つの要素を独立に導出することに成功しています。この解析方法を使用することでアモルファス材料の超低熱伝導率の機構の探求に挑みました。アモルファス材料としてはアモルファスシリコン薄膜を使用しました。3オメガ法によるアモルファスシリコン薄膜の熱伝導率は単結晶シリコンの約2.5%の値になりました。一方、ナノインデンテーション法で導出したアモルファスシリコン薄膜の群速度は単結晶シリコンの約95%の値に留まりました。この結果、アモルファスシリコンのフォノン平均自由行程は単結晶シリコンの約2.8%の値にまで低下していました。よって、アモルファス構造による熱伝導率の低下は群速度にはほとんど依存せず、フォノン平均自由行程が大きく低下したためであることが判明しました。さらに、最低熱伝導率モデルを用いてフォノン周波数を計算したところ、アモルファス材料では、フォノン平均自由行程の低下に伴い、フォノン周波数が増加することも判明しました。この研究成果は、熱電変換材料をはじめとした低い熱伝導率が求められる材料の開発に大きく貢献できると期待されます。また、この解析方法は既存の2つの技術を組み合わせた技術であるため、利便性が高く、アモルファスだけでなく合金などの原子配列が複雑な構造にも利用できます。

 

研究の背景

近年、機能性材料、特に熱電変換材料に用いられる超低熱伝導率を有する材料の研究開発が進んでいます。 材料の熱伝導率は結晶粒径が小さくなると低下することが知られており、アモルファス材料は結晶粒径を極限まで小さくした材料と言えます。これまでの研究でアモルファス材料の熱伝導率は結晶材料に比べて非常に低いことが知られていますが、超低熱伝導率の機構については、解明が進んでいませんでした。本研究グループは熱伝導率測定法とナノインデンテーション法を組み合わせた方法で単結晶シリコンのフォノン輸送特性(格子熱伝導率、群速度、フォノン平均自由行程)を導出できる解析方法を開発してきました。さらに、モデリングによる計算で単結晶シリコンのフォノン平均自由行程とフォノン周波数の関係を明らかにしました。したがって、この解析方法をアモルファス材料のフォノン輸送特性の測定にも応用することで、アモルファス材料の超低熱伝導率の機構を解明できると考えました。

■研究内容


本研究では、アモルファス材料としてシリコン薄膜をスパッタリング法*8で成膜しました。材料にシリコンを選択したのは、アモルファス薄膜を比較的容易に作製することができ、シリコンは基礎物性が良く調べられているため、本研究の結果の妥当性を評価できるためです。シリコン薄膜の膜厚は約400 nmであり、アモルファス構造を持つことはX線回折法*9とラマン分光法*10で確認しています。図1にフォノン輸送特性の解析方法を示します。熱伝導率の測定には、薄膜の測定方法として定評のある3オメガ法を使用しました。3オメガ法とは、金属細線をヒーターおよび温度センサーとして共用することにより、ヒーターに流した交流電流の3倍周波数成分の電圧を検出して温度振幅を得ることで熱伝導率を測定する方法です。ナノインデンテーション法とは、材料に超小型圧子を押込んで、その材料の荷重-変位曲線を求め、硬さや弾性率を測定する方法です。本研究グループは3オメガ法で測定した熱伝導率とナノインデンテーション法で測定した弾性率から求めた群速度を基にしてフォノン平均自由行程を導出しました。

アモルファス①.png

【図1】フォノン輸送特性の解析方法

この導出には、フォノンガスモデル*11による式:kph = CvL/3を用いました。kphは格子熱伝導率、Cは比熱、vは群速度、Lはフォノン平均自由行程です。なお、比熱はアモルファスシリコンの文献値を使用しました。測定したアモルファスシリコン薄膜の熱伝導率は3.3 W/(m·K)でした。本研究で用いたアモルファスシリコン薄膜はドーピング*12を行っていません。このため、キャリア濃度が非常に低く、キャリア(電子または正孔)が運ぶ熱輸送を無視できるため、測定された熱伝導率は電子熱伝導率を無視でき、格子熱伝導率であると見なせます。この熱伝導率の値は単結晶シリコンの値の約2.5%の値になり、本研究においても、アモルファス材料が非常に低い熱伝導率を持つことが確認できました。一方、アモルファスシリコン薄膜の群速度は5600 m/sとなり、単結晶シリコンの約95%の値に留まりました。これらの値から導出したアモルファスシリコン薄膜のフォノン平均自由行程は1.1 nmとなり、単結晶シリコンの約2.8%の値にまで低下しました。この実験結果から、アモルファスシリコン薄膜が示す超低熱伝導率の原因は群速度ではなく、フォノン平均自由行程の減少であることが判明しました(図2)。このフォノン平均自由行程の大幅な減少は不規則な構造によるフォノン散乱の増加が原因であると考えられます。この確証を得るために最低熱伝導率モデルを用いて、フォノン周波数を計算しました。その結果、フォノン平均自由行程の低下に伴い、フォノン周波数が増加することが判明しました(図3)。

アモルファス②.png

【図2】アモルファス/単結晶シリコンのフォノン輸送特性

アモルファス③.png

【図3】アモルファス/単結晶シリコンのフォノン平均自由行程とフォノン周波数の関係

本研究の意義と今後の展望

本研究グループが開発した3オメガ法とナノインデンテーション法を組み合わせた解析方法は、フォノン輸送の主要素である熱伝導率、群速度、フォノン平均自由行程を導出することができます。さらに、この解析方法は既存の2つの技術を組み合わせた技術であるため、利便性が高く、材料の熱輸送の理解を大きく進展させるものです。特に、フォノン平均自由行程は材料の熱輸送において重要な要素であるにも関わらず、直接測定する方法が限られており、理論的な解析に頼らざるを得ない状況でした。このフォノン輸送の解析方法が確立したことで、アモルファス材料が非常に低い熱伝導率を持つ機構を明らかにすることができました。最近の研究では、フォノン平均自由行程はフォノンスペクトルという幅広い分布を持つと言われていますが、このフォノンスペクトルを導出するためには第一原理計算*13などの理論計算を行う必要があります。しかし、アモルファス材料における理論計算は複雑な構造のため、結晶の場合と比較して計算が困難です。本研究では、フォノン平均自由行程の代表的は値を導出するに留まっていますが、新たな材料の開発には十分な役割を果たすことができます。この研究成果は、熱電変換材料をはじめとした低い熱伝導率が求められる材料だけでなく、合金などの原子配列が複雑な構造の開発にも貢献できると期待されます。

 

【掲載論文】

雑誌名

『Applied Physics Express』(2023年11月11日掲載)

タイトル

Origin of ultralow thermal conductivity in amorphous Si thin films investigated using nanoindentation, 3w method, and phonon transport analysis.

URL

https://iopscience.iop.org/article/10.35848/1882-0786/ad0ba3

DOI

https://doi.org/10.35848/1882-0786/ad0ba3

 

【筆者】

谷澤大樹1、滝沢哲也2、山口麻人3、室谷裕志3、高尻雅之1,4*

 

  1. 東海大学大学院工学研究科応用理化学専攻
  2. 東海大学工学部材料科学科
  3. 東海大学大学院工学研究科電気電子工学専攻
  4. 東海大学工学部応用化学科

*責任著者

 

用語解説

*1 アモルファス材料 構造的には結晶のように原子配列が規則的ではなく短距離秩序はあるが、長距離秩序がない固体であり、熱伝導率が非常に低いことが知られています。

*2 熱電変換材料 熱から直接電気エネルギーを取り出すことの出来る材料のことです。

*3 熱伝導率: 温度勾配により生じる伝熱のうち、熱伝導による熱の移動のしやすさを規定する物理量です。

*4 群速度:複数の波を重ね合わせた時にその全体(波束)が移動する速度のことです。

*5 フォノン平均自由行程 フォノンとは固体を構成する原子の振動である格子振動を、エネルギーをもつ粒子と考えたものであり、フォノン平均自由行程はフォノンが衝突して次のフォノンに衝突するまで平均距離のことです。

*6 3オメガ法: 金属細線をヒーターおよび温度センサーとして共用することにより、ヒーターに流した交流電流の3倍周波数成分の電圧を検出して温度振幅を得ることで熱伝導率を測定する方法です。

*7 ナノインデンテーション法 材料に超小型圧子を押込んで、その材料の荷重-変位曲線を求め、硬さや弾性率を測定する方法です。

*8 スパッタリング: 薄膜形成に用いられる物理的気相成長法の1つです。

*9 X線回折法: 試料にX線を照射し回折X線を検出して、対象物の結晶構造、結晶方位、残留応力、転位密度、結晶子サイズなどを非破壊で解析する技術です。

*10 ラマン分光法: 入射光と分子との相互作用の結果、入射光の振動数が変化するという光散乱現象(ラマン効果)を利用し、分子中の構造についての情報を得る手法です。

*11 フォノンガスモデル:フォノンをガス(気体)と同じような振る舞いをするとしたモデルです。

*12 ドーピング:材料物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。 特に半導体で重要な操作で、不純物の添加によりP型やN型特性を制御するために用います。

*13 第一原理計算 計算対象となる物質系を構成する元素の原子番号と系の構造を入力パラメータとし、実験結果を参照しないで系の電子・フォノン状態を求める計算方法です。

 

■謝辞

本研究は以下の研究費の助成を受けて実施されました。

・科学研究費補助金 基盤研究(S)22H04953

「微小領域熱伝導測定を通したフォノンエンジニアリング技術の確立」

 

 

 

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学学長室 広報担当 担当:友名、林

TEL. 0463-63-4670(直通)E-mail:pr@tsc.u-tokai.ac.jp

E-mail:takashiri@tokai-u.jp

 

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