人工知能を利用し心電図から心房中隔欠損症を検出 -診断されなかった先天性心疾患への新しい診断アプローチ-

2023年09月07日

 慶應義塾大学医学部内科学教室(循環器)の三浦光太郎助教(研究当時。現在、平塚市民病院循環器内科医長)、同スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師、Brigham and Women’s Hospital及びHarvard Medical Schoolの八木隆一郎リサーチフェロー、獨協医科大学埼玉医療センター板橋裕史准教授、東海大学医学部医学科総合診療学系総合内科学及びBrigham and Women’s Hospitalの後藤信一講師らの研究グループは、慶應義塾大学病院を含めた日米3施設の心電図を用いて、新しい深層学習法による心房中隔欠損症(注1)の診断モデルを作成し、その診断の有効性を明らかにしました。
心房中隔欠損症は最も一般的な成人先天性心疾患の一つであり、未治療の場合は心房細動、脳卒中、心不全などの不可逆的な合併症を起こすことが知られています。しかし、合併症を起こすまでは、臨床症状が軽いため、健康診断で偶然発見されるか、症状の出現とともに指摘されるケースが多くあります。早期発見と早期治療(注2)が重要であり、有効なスクリーニング戦略の開発が求められています。一般的に心エコー検査が正確な診断方法とされていますが、この検査は時間や手間、費用がかかるため、症状のない多くの人に対して大規模な実施が難しいとされてきました。
心電図は心エコーと比較して非常に短時間(約1分程度)で行うことができ、大規模な集団で検査を行うことが可能です。一般的に心電図異常により心エコーを受けるべき人が選択されますが、心房中隔欠損症は心電図が正常であることも多く、既存の基準を元にしたスクリーニング方法では見逃されるケースが多くあります。
 今回の研究では、1枚の心電図だけから深層学習法のモデルを使用して心房中隔欠損症を高精度に診断予測できることが示され、こうした技術を検診などの一般的なスクリーニングに導入することで、早期診断や早期治療につながり、より良い医療を提供できる可能性が考えられます。
この研究結果は2023年08月17日(日本時間)に eClinical Medicine 誌で公開されました。

1.研究の背景と概要
心房中隔欠損症は最も一般的な先天性心疾患であり、子供の頃に指摘されることもあれば、成人になるまで気付かれないこともあります。症状が軽いため、聴診や心電図などの通常の検査でも見落とされることがあり、そのまま治療されずにいると、時に心不全、不整脈、脳卒中などの重篤な合併症を発症するリスクが高まります。これまでのスクリーニング方法では見逃されている患者が多かったため、新しいアプローチが必要とされていました。そこで、本研究グループは心電図を使った新しい人工知能による診断モデルを開発しました。
この研究では、日本の慶應義塾大学病院(慶應)、獨協医科大学埼玉医療センター(獨協)、米国のハーバード大学ブリガムアンドウィメンズ病院(BWH)から得られた心電図と心エコーのデータを利用して、診断モデルの開発と検証を行いました。慶應とBWHのデータを使って主に画像認識の分野で用いられるディープラーニングアルゴリズムの一つである、2次元畳み込みニューラルネットワークを訓練し、その性能を慶應とBWHのテストデータセット及び外部検証のための獨協のデータセットを用いて評価しました。

2.研究の成果と意義・今後の展開
 開発された人工知能モデルは、慶應ではAUC(注3)が0.90、BWHでは0.88及び獨協では0.85であり、どの施設のデータでも優れた性能を示したことから、年齢、性別、BMI、人種などの要因に影響されず一貫した性能を発揮していることがわかりました。
さらに、従来の心電図所見によるアプローチよりも、このモデルの感度が高く、早期発見に適していることがわかりました。また、治療が必要な患者の検出においても非常に優れた性能があることが確認されました(AUC 0.91)。
心電図は手軽に行える検査であり、多くの人が病院やクリニックで簡単に受けることができます。このモデルは人間の目では判断できない心電図の僅かな変化を検出し、心房中隔欠損症を高精度に特定することができます。そのため、このモデルが検診などで広く利用されることにより早期発見と早期治療が可能となり、多くの人々に健康な未来をもたらすことを目指しています。

3.特記事項
本研究は、科学技術振興機構 共創の場形成支援プログラムの研究費(JPMJPF2101)、JSR・慶應義塾大学医学化学イノベーションセンター(JKiC)2021期学術開発プロジェクト、三越厚生事業団の三越医学研究助成、一般財団法人近藤記念医学財団2021年度学術奨励賞、大樹生命厚生財団の医学研究助成、セコム科学技術振興財団の挑戦的研究助成、AMEDの研究費(橋渡し研究プログラム 12 誘導心電図を用いた心房中隔欠損検出技術の開発 -AI による自動診断を用いて- 、医療機器等研究成果展開事業 チャレンジタイプ 心房中隔欠損症を心電図から検出する人工知能の開発および社会実装)、の支援によって行われました。

4.論文
タイトル:Deep Learning-Based Model Detects Atrial Septal Defects from Electrocardiography:
A Cross-Sectional Multicenter Hospital-Based Study
タイトル和文:深層学習モデルが心電図から心房中隔欠損症を検出(日米多施設横断研究)
著者名:三浦光太郎、八木隆一郎、三山寛司、木村舞、金澤英明、橋本正弘、小林さゆき、中原志朗、石川哲也、田口功、佐野元昭、佐藤和毅、福田恵一、Rahul C Deo、Calum A MacRae、板橋裕史、勝俣良紀、後藤信一
掲載誌:eClinical Medicine
DOI:https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2023.102141

【用語解説】
(注1)心房中隔欠損症:心臓の中の右と左の心房を隔てる心房中隔という壁に生まれつき穴が空
いている先天的な心臓病。出生時に指摘されることもあるが、多くが指摘されないまま成
人を迎える。一定数が、脳梗塞、心房細動、心不全などの不可逆的な合併症を起こすこと
が知られている。
(注2)治療:心房中隔欠損症の治療は、開胸しないカテーテル治療による閉鎖と手術による
開胸による閉鎖治療が行われているが、カテーテルでの閉鎖治療が標準である。
(注3)AUC:Area Under the Curveの略。本研究ではROC曲線の下の面積を指す。検査方法
の評価項目の1つで、0から1の値をとり、1に近いほど、精度の良いことを示す。

【本発表資料のお問い合わせ先】
慶應義塾大学医学部 スポーツ医学総合センター
専任講師 勝俣 良紀(かつまた よしのり)
TEL:03-5843-6702  FAX:03-5363-3875 E-mail:goodcentry21@keio.jp

東海大学 医学部・医学科 総合診療学系 総合内科学
講師 後藤 信一 (ごとう しんいち)
TEL:0463-93-1121  FAX:0463-91-9372 E-mail:sgoto2@tsc.u-tokai.ac.jp

獨協医科大学埼玉医療センター 循環器内科・超音波センター
准教授 板橋 裕史 (いたばし ゆうじ)
TEL:048-965-1111 FAX:048-960-1708 E-mail:k-shom@dokkyomed.ac.jp

【本リリースの配信元】
慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課:飯塚・奈良・岸
〒160-8582 東京都新宿区信濃町35
TEL:03-5363-3611 FAX:03-5363-3612 E-mail:med-koho@adst.keio.ac.jp
https://www.med.keio.ac.jp

東海大学学長室 広報担当:喜友名(きゆな)・林
TEL.0463-63-4670(直通) E-mail:pr@tsc.u-tokai.ac.jp

獨協医科大学埼玉医療センター 庶務課
〒343-8555 埼玉県越谷市南越谷2-1-50
TEL:048-965-1111 E-mail:k-shom@dokkyomed.ac.jp


一覧へ戻る