【研究発表】 高齢者を中心に重篤な感染症を引き起こす「肺炎桿菌」に対する宿主の感染防御機構を解明 ~高齢者の細菌感染症予防法開発に向けて新しい洞察と期待~

2023年06月09日

 東海大学[伊勢原キャンパス]医学部医学科基礎医学系生体防御学の津川仁講師らの研究グループは、慶應義塾大学薬学部の松崎潤太郎准教授らとの共同で、腸管内の共生菌でありながら高齢者を中心に肺炎や肝膿瘍などを引き起こすKlebsiella pneumoniae(肺炎桿(かん)菌(きん)*1に対する宿主の腸管粘膜における感染防御メカニズムを解明しました。さらに、このメカニズムを応用することで高齢者の肺炎桿菌感染症予防が可能であることもマウスモデルを用いて実証し、高齢者の感染症予防法開発につながる成果であると期待されます。

この研究成果は、日本時間202369日(金)午前3時(米国太平洋時間68日(木)午前11時)公開の米国医学誌『PLoS Pathogens』オンライン版に掲載されます。

研究のポイント

● 若齢者にはほとんど感染症を誘発しない肺炎桿菌が、高齢者に感染症を誘発する理由が解明されました。

● 肺炎桿菌に対する宿主の腸管粘膜防御機構が明らかにされました。

● 高齢者の感染症予防法開発につながる新しい知見が提示されました。

■研究の背景

老化は免疫システムの弱体化や機能不全を誘発し病原体と戦う能力を低下させます。したがって高齢者はあらゆる病原体による感染症に罹患しやすく、時に肺炎など生命の危機に直結する重篤な感染症を呈する場合もあります。そこで、免疫力低下に直結する加齢性変容の根底にある分子メカニズムを理解することは、高齢者をあらゆる感染症から守り抜く技術の開発に向けて極めて重要です。Klebsiella pneumoniae(肺炎桿菌)は、土壌、水、植物など自然界に広く分布し、ヒトの腸管内にも生息する腸管内共生細菌の一つです。この菌は、若齢健常者に対しては、ほとんど病原性を発揮せず腸内細菌の一つとして共生していますが、免疫力が低下した高齢者を中心に肺炎、肝膿瘍、尿路感染症など重篤な全身感染症を引き起こします。肺炎桿菌感染症のほとんどは腸管内に共生していた菌体に起因するため院内感染にも特段の注意を要します。また、肺炎桿菌による肝膿瘍は腸管内で共生状態にある菌が血中を介して肝臓に伝播することで発症するとも考えられています。しかし、肺炎桿菌が若齢健常者には病原性を示さず高齢者を主たる感染対象とする理由、つまり、肺炎桿菌の病原性発現に直結するヒト免疫力の加齢性変容の本態は不明のままでした。

■研究成果の概要

(1) 腸管粘膜マクロファージは肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入を抑制する

若齢マウスと老齢マウスへ肺炎桿菌をそれぞれ経口感染させると、若齢マウスでは経口感染した肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入はほとんど認められませんでしたが、老齢マウスでは肺炎桿菌が腸管粘膜内へ侵入し、その後肝臓へ伝播することが明らかになりました。この結果から、老齢マウスでは腸管粘膜免疫の加齢性変容により感染防御力が低下し、肺炎桿菌が容易に生体内へ侵入できる状態にあると推察されました(図1)。そこで、腸管粘膜内に常在するマクロファージ*2に注目し、その存在量を若齢マウスと老齢マウスで比較しました。すると、腸管粘膜マクロファージの存在量は加齢に伴い顕著に減少することが明らかとなりました(図1)。

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そこで、マクロファージが肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入阻止に寄与しているかを明らかにするために、Cell Culture Insert*3を用いて試験管内(in vitro)肺炎桿菌感染モデルを構築しました(図2)。マクロファージ存在下では肺炎桿菌の腸管上皮細胞内への侵入はほとんど認められませんでしたが、マクロファージ非存在下では肺炎桿菌は腸管上皮細胞内へ侵入し上皮細胞の基底膜側*4にまで到達しました(図2)。この結果から、肺炎桿菌感染を認識したマクロファージが腸管上皮細胞に対して菌体の侵入を阻止するシグナルを放出していると考えられました。

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(2) 肺炎桿菌を認識したマクロファージはgrowth arrest-specific 6  (Gas6)を分泌し、分泌されたGas6は上皮細胞のタイトジャンクションバリアを強化する

 そこで、肺炎桿菌感染下でマクロファージが放出するサイトカインをサイトカインアレイ解析*5により網羅的に探索しました。その結果、肺炎桿菌感染下でマクロファージはgrowth arrest-specific 6 (Gas6) *6を分泌することが示され、分泌されたGas6は腸管上皮細胞表層でその受容体であるAxl tyrosine kinase receptor(Axl)*7と共局在しGas6/Axlシグナルを惹起することが明らかとなりました。さらに、腸管上皮細胞でのGas6/Axlシグナルは、上皮細胞間のタイトジャンクション蛋白質*8(ZO-1及びoccludin)発現を顕著に亢進させることが明らかとなりました。抗Gas6抗体やGas6/Axlシグナル阻害剤はマクロファージ存在下での肺炎桿菌の腸管上皮細胞内への侵入抑制効果をキャンセルさせたことからも、腸管粘膜マクロファージは肺炎桿菌を認識することでGas6を分泌し、分泌されたGas6は腸管上皮細胞に作用しGas6/Axlシグナルを惹起することで上皮細胞間のタイトジャンクションバリアを増強させ、肺炎桿菌の上皮細胞内への侵入を抑制していると考えられました(図3)。

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(3) 老齢マウスへのGas6蛋白質投与により肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入とそれに続く肝臓への伝播が予防できる


 若齢マウスに肺炎桿菌を経口感染させると腸管粘膜上皮でGas6とAxlの共局在が確認されましたが、老齢マウスでは腸管粘膜でのGas6及びAxl発現がほとんど検出されませんでした。このことから、加齢に伴う肺炎桿菌応答性のGas6分泌の低下が、肺炎桿菌が容易に腸管粘膜内へ侵入し肝臓へ伝播する要因であると考えられました。そこで、肺炎桿菌を経口感染させる前の老齢マウスへGas6を投与しました。その結果、老齢マウスでも腸管粘膜上皮でGas6とAxlの共局在が確認され、経口感染した肺炎桿菌の腸管粘膜内への侵入とそれに続く肝臓への伝播は有意に抑制され、同時に、マウスの生存率も有意に改善しました(図4)。この結果により、加齢に伴う肺炎桿菌応答性のGas6分泌の低下を補完することで高齢者に対する肺炎桿菌感染症予防が実現することが示されました。

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■本研究の意義と今後の展望

本研究で注目した肺炎桿菌は、腸管内に共生する細菌である一方、潜在的に病原性を示す細菌であり「Pathobiont」と称されます。これまで、私たちの体はPathobiontをどのように監視し、その病原性をどのように制御しているのか、明らかにされていませんでした。本研究は、腸管内に潜在するPathobiontの認識と病原性制御に関わる極めて重要な腸管粘膜のバリアメカニズムを分子レベルで解明しました。さらに本研究では、明らかになった腸管粘膜の防御応答機構を補完的に応用することで、高齢者の感染症予防法開発につながることを実証しており、これに向けて新たな光を見出しています。

 

■特記事項

本研究は次の支援をもとに行われました。花王健康科学研究会研究助成[代表:津川仁(東海大学医学部)]、東海大学医学部医学科研究助成(重点的研究課題)[代表:津川仁(東海大学医学部)]、東海大学医学研究基金[代表:津川仁(東海大学医学部)]、東海大学スタートアップ研究助成[代表:津川仁(東海大学医学部)]、大山健康財団研究助成[代表:津川仁(東海大学医学部)]、および、AMED《革新的がん医療実用化研究事業》[代表:松崎潤太郎(慶應義塾大学薬学部)]

 

■掲載論文

掲載誌

PLoS Pathogens(オンライン版)

タイトル

Gas6 ameliorates intestinal mucosal immunosenescence to prevent the translocation of a gut pathobiont, Klebsiella pneumoniae, to the liver.

掲載日

日本時間2023年6月9日(金)午前3時(米国太平洋時間6月8日(木)午前11時)

著者

津川仁1#、大木拓究人2、椿翔吾1、田中里佳3、松崎潤太郎4、鈴木秀和5、穂積勝人3(#Corresponding Author)

所属情報

1.東海大学医学部医学科基礎医学系生体防御学領域 生物界間シグナル解析分野(Transkingdom Signaling Research Unit)

2.名古屋大学医学部

3.東海大学医学部医学科基礎医学系生体防御学領域 免疫学分野

4.慶應義塾大学薬学部薬物治療学講座

5.東海大学医学部内科学系消化器内科学

DOI

doi.org/ 10.1371/journal.ppat.1011139

URL

https://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1011139

 

■用語解説

*1 Klebsiella pneumoniae(肺炎桿菌): 腸内細菌科のKlebsiella属に属するグラム陰性の桿菌。非運動性で、莢膜と呼ばれる細胞壁の外側に位置する多糖類やポリペプチドから構成された被膜状構造をもつ。近年、β-ラクタマーゼやカルバペネマーゼを産生する抗菌薬耐性菌株の増加が懸念されている。

 

*2 マクロファージ:全身の組織に広く分布している細胞で、体内に侵入した細菌などの異物を貪食し消化・殺菌する自然免疫機能を担う免疫細胞。

 

*3 Cell Culture Insert細胞を培養するための実験器具(図2の絵の中の青い線で示された部分)で、細胞培養面はメンブレンフィルターで構成されているため上皮細胞を細胞極性に準じて培養することができると同時に、細胞間の接触を伴わずに他の細胞との共培養も可能にする細胞培養用実験器具。

 

*4 基底膜:上皮細胞の下側に位置し、細胞を裏打ちする薄層構造。

 

*5 サイトカインアレイ解析:チップ上に並べた数100種類のサイトカイン抗体を用いて、一度に多種類のサイトカインの相対的存在量を比較測定する方法。

 

*6 growth arrest-specific 6 (Gas6)受容体チロシンキナーゼのリガンド分子であり、受容体に結合することで増殖促進活性、生存維持活性、走化性の亢進など多様な細胞生物学的なシグナルを惹起する。

 

*7 Axl tyrosine kinase receptorAxl):Gas6と結合する細胞表層に発現する受容体チロシンキナーゼ。

*8 タイトジャンクション蛋白質:隣り合う細胞同士を密着させる接着分子で、細胞と細胞の間隙を埋め、異物を含む物質透過を制限するバリア機能を担う。

<研究に関するお問い合わせ>

東海大学医学部医学科基礎医学系生体防御学 津川 仁

TEL. 0463-93-1121(代表)Emailtsugawa.hitoshi.r@tokai.ac.jp

 

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学学長室 広報担当:喜友名、林

 TEL.0463-63-4670(直通) E-mailpr@tsc.u-tokai.ac.jp 

 

慶應義塾広報室

TEL.03-5427-1541(直通) E-mailm-pr@adst.keio.ac.jp



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