心収縮力低下と左室肥大は 日米の慢性腎臓病患者における心血管疾患のリスクの違いを説明する   ―日本とアメリカの慢性腎臓病に関する国際比較研究より―

2023年04月28日

 名古屋大学医学部附属病院先端医療開発部データセンター 今泉貴広特任助教、同大学大学院医学系研究科腎臓内科学 丸山彰一教授、兵庫県立西宮病院腎臓内科 藤井直彦医師、名古屋市立大学腎臓内科 濱野高行教授、東海大学医学部医学科内科学系腎内分泌代謝内科学 深川雅史教授、米国・ペンシルベニア大学臨床疫学生物統計学部門 Harold I. Feldman教授らの共同研究グループは、日本の慢性腎臓病患者は心不全や脳卒中などの心血管疾患の発症率がアメリカの慢性腎臓患者よりも低いこと、そしてそれは主に心臓のポンプ機能を表す指標である収縮力と、心臓の広がりやすさや弾力性に寄与する左室肥大の違いが背景因子として重要であることを明らかにし、腎臓病領域の国際誌であるKidney International誌の20235月号に掲載されました。またアメリカでは、日本と比べて年齢、性別、腎機能などの背景を揃えた集団において心血管病の発症のリスクが35倍も高く、心臓の収縮力が平均で10%以上も低く、左室肥大を持つ患者が2倍近くあることを明らかにしました。このような心臓の形や働きの違いが、どの程度日米間の心血管疾患全体、うっ血性心不全、そして死亡率の違いに寄与するのか、「媒介効果分析*1」という手法を用いて解析しました。この結果、慢性腎臓病患者に対しては心臓病や脳卒中などの症状がはっきりと出る前から心臓超音波検査を実施して将来に備えることの重要性を示しました。さらに、左室肥大に対しては肥満と炎症が関係することがわかり、さらに肥満と炎症同士も関連することが明らかになりました。肥満が心血管疾患の危険因子であることは以前から知られていましたが、その背景に左室肥大が関与する可能性を示唆しました。

問い合わせ先

<研究に関すること> 

名古屋大学医学部附属病院

先端医療開発部データセンター

特任助教 今泉 貴広

TEL: 052-744-2510

E-mail:imaizumi18@med.nagoya-u.ac.jp

 

名古屋市立大学 

腎臓内科

教授 濱野 高行

TEL: 052-858-7429

FAX: 052-858-7367

E-mail:nephsec@med.nagoya-cu.ac.jp

 

兵庫県立西宮病院

腎臓内科

医師 藤井 直彦

TEL: 0798-34-5151

E-mail: nfujii-npr@umin.net

 

東海大学

医学部医学科内科学系腎内分泌代謝内科学

教授 深川 雅史

TEL: 0463-93-1121 内線2350

FAX: 0463-92-4373 

E-mail: fukagawa@tokai-u.jp

<報道対応>

名古屋大学医学部・医学系研究科

総務課総務係

TEL:052-744-2804

FAX:052-744-2785

E-mail:iga-sous@adm.nagoya-u.ac.jp

 

名古屋市立大学 

病院管理部経営課経営係

TEL:052-858-7113

FAX:052-858-7537

E-mail:

hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

 

東海大学

学長室広報担当

TEL:0463-63-4670(直通)

E-mail: pr@tsc.u-tokai.ac.jp

ポイント

○透析療法前の慢性腎臓病に伴うことの多い心血管疾患は、特に米国の慢性腎臓病患者において発症しやすいことが知られていたが、これまで直接比較したデータが存在しなかった。

〇心臓の収縮力低下と左室肥大が慢性腎臓病患者における将来の心血管疾患の重要な危険因子であること、またそれらの指標が日米の心血管疾患の発症しやすさに大きく関わることを明らかにした。

〇左室肥大に対しては肥満と炎症が関わることが明らかとなり、肥満に対する方策を講じることで左室肥大を抑制し、心血管疾患の予防につながる可能性を示唆した。

 

1.背景

心血管疾患は慢性腎臓病患者に合併しやすい重大な疾患です。世界各国においてそれぞれに実施された慢性腎臓病患者における臨床研究によると、東アジア諸国では米国や欧州諸国よりも心血管疾患のかかりやすさが低いことが示唆されていました。しかし、各国で独立して実施された研究であるがゆえに、腎機能、尿蛋白、心臓病の既往歴、糖尿病患者の割合などの背景因子はそれぞれの研究同士で異なっていました。過去に日米の比較について論じられた研究がありました(田中ら. Kidney international 2017)が、個別の患者データを用いた研究ではなく、こうした背景の違いがどの程度結果に影響するかが明らかではありませんでした。今回の研究では、個別の患者データを匿名化したものを合わせて解析することで、これまで未解決だった疑問に対して答えを見出そうと試みました。

昨今、心血管疾患の中でも、腎機能の低下に伴ってうっ血性心不全を発症する患者が増加しています。心臓の構造と機能は、将来の転帰を予測するための重要な指標であることはこれまでの研究からも知られていました。そこで、本研究グループは、こうした心臓の構造と機能の中でも、左心室の収縮力と左室肥大に着目しその指標を媒介して日米間の心血管疾患の違いをどの程度説明するのかを調べることにしました。「心不全パンデミック*2」時代を迎えるにあたり、腎臓内科医として何ができるのか、という臨床的に切実な疑問に対して、1つの答えを示すことになる重要な知見が本研究を通じて得られることが期待されました。

 

2.研究成果

CKD-JAC研究*3の対象者2966名中1097名が、CRIC研究*4の対象者3939名中3125名が心臓超音波検査を実施しており、合計4222名を解析の対象としました。推算糸球体濾過率の平均値(標準偏差)はそれぞれ28.7 (12.6) mL/min/1.73 m2, 42.9 (16.9) mL/min/1.73 m2であり、尿中アルブミン・クレアチニン比の中央値[四分位範囲]はそれぞれ520[135-1338] mg/gCr, 46 [8-424] mg/gCrでした。最大5年間の追跡期間を設定し、心血管疾患、死亡、末期腎不全に着目して解析を行いました。

1に示した心エコー所見の日米比較結果により、CRIC研究対象者の方が左房径*5、左室心筋重量係数*6が大きく、左室駆出率は低いことがわかります。これは心臓の壁の厚みが厚く、広がりにくさを反映して左心室の手前にある左心房に血液がうっ滞して広がっていることを示唆します。さらに収縮力の低下からはポンプ機能の低下もみられることがわかります。そしてCRIC対象者の特徴的な形態変化として、心臓の真ん中にある壁(中隔といいます)が不釣り合いに厚くなっていることがわかります。これは肥大型心筋症という心臓病でよくみられる所見で、病的な所見であることが示唆されます。

左室肥大はさらにBMIときれいな相関関係を持っており、肥満度が増すと左室心筋も肥大していくことを示しています(2)。肥満度が増すことでCRPという炎症を示す指標の上昇もみられることから、肥満を抑制することで左室肥大を防ぐ可能性を示唆していると考えられました。

本研究では、日米で心血管疾患と死亡のリスクに大きな開きがあることが示されました(3)。個別の患者情報まで用いることで、背景の違いを均して比較することを可能にし、その結果、予想以上に日米の違いが明確になりました。そしてその違いを①左室肥大、②収縮力低下、③その両者でどの程度説明できるか、ということを媒介効果分析によって数値化した結果を得ることができました(4)。特にうっ血性心不全においては心臓の収縮力低下と左室肥大を合わせて70%にも上ることが明らかとなり、心臓超音波所見の重要性が浮き彫りとなりました。

3.今後の展開

慢性腎臓病患者に対して、肥満を抑制すること、そして定期的な心エコーの実施で早期に危険信号を察知して対処することの重要性がこの研究から明らかとなり、腎臓内科医の慢性腎臓病患者に対するケアの見直しを迫るインパクトを持つ研究となりました。これから「心不全パンデミック」を迎える我が国にとって、慢性腎臓病患者の心不全の発症を少しでも減らすために心血管疾患の危険性を早期にアセスメントすることが重要であることがわかりました。また、肥満を伴う慢性腎臓病の割合の高い米国においても、肥満への対策を講じることで同様に心不全をはじめとした心血管疾患の抑制できる可能性があることがわかりました。このように、今回の研究が日米両国の医療にとって多大な貢献をしたと考えます。昨今、心不全に対する新たな治療が次々に生み出され、治療戦略もシフトしてきていることから、今後も継続的に国際比較研究を実施することが重要と考えます。

1.日米の心エコー所見比較

CKD①.png

2.肥満度が増すと心筋重量も増す

CKD➁.png

Predicted LVMI(=推定心筋重量)は多変量モデルにて推定された値(95%信頼区間)

図3.日米の心血管疾患・死亡のリスクの違い

CKD➂.pngCKD.png

4.心臓超音波指標のイベントに対する寄与割合(媒介効果分析)


CKD⑥.png

 

4. 謝辞

CKD-JAC研究は、日本腎臓学会の管理のもと、協和キリン株式会社の支援により実施されました。

CRIC研究は、アメリカ国立衛生研究所(National Institutes of Health)などの研究助成を受けて実施されました。

 

5.用語説明

*1媒介効果分析:ある要因と結果の関連の強さを、その要因による直接的な効果と、別の要因を介した間接的な効果に分け、その間接的な効果が全体のうちのどのくらいを占めるかを分析する手法。

*2心不全パンデミック:心不全が急速に増加して公衆衛生上の大きな問題になっていることを、感染症の大流行になぞらえて「パンデミック」と表現したもの。人から人へ感染するものではない点に留意ください。

*3CKD-JAC研究:日本の前向きの慢性腎臓病コホート研究(Hypertens Res 31: 1101-1107, 2008)。

*4CRIC研究:アメリカの前向きの慢性腎臓病コホート研究(J Am Soc Nephrol 14: S148-S153, 2003)。

*5左房径:左心房の直径のこと。心臓から送り出す血液が滞る「うっ血」という状態の早期には左房径が拡大する現象がよく見られる

*6左室心筋重量係数:左心室の直径や壁の厚みから計算された左室心筋の重量を体格で補正したもの。

 

6.発表雑誌

掲載誌名:Kidney International

論文タイトル:Excess risk of cardiovascular events in patients in the United States vs. Japan with chronic kidney disease is mediated mainly by left ventricular structure and function

著者・所属
Takahiro Imaizumi1, Naohiko Fujii2, Takayuki Hamano3, Wei Yang4, Masataka Taguri5, Mayank Kansal6, Rupal Mehta7, Tariq Shafi8, Jonathan Taliercio9, Alan Go10, Panduranga Rao11, L. Lee Hamm12, Rajat Deo13, Shoichi Maruyama14, Masafumi Fukagawa15, Harold I. Feldman4, and the CRIC Study Investigators

 

Collaborators

CRIC Study Investigators: Lawrence J. Appel, Jing Chen, Debbie L Cohen, James P. Lash, Robert G. Nelson, Panduranga S. Rao, Mahboob Rahman, Vallabh O. Shah, Mark L. Unruh

 

1Department of Biostatistics, Epidemiology and Informatics, Perelman School of Medicine, University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, USA; Center for Clinical Epidemiology and Biostatistics, University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, USA; Department of Advanced Medicine, Nagoya University Hospital, Nagoya, Aichi, Japan; Department of Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan; Department of Nephrology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Aichi, Japan.

2Medical and Research Center for Nephrology and Transplantation, Hyogo Prefectural Nishinomiya Hospital, Nishinomiya, Hyōgo, Japan.

3Department of Nephrology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya, Aichi, Japan; Department of Nephrology, Osaka University Graduate School of Medicine, Suita, Osaka, Japan. Electronic address: hamatea@med.nagoya-cu.ac.jp.

4Department of Biostatistics, Epidemiology and Informatics, Perelman School of Medicine, University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, USA; Center for Clinical Epidemiology and Biostatistics, University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, USA.

5Department of Health Data Science, Tokyo Medical University, Tokyo, Japan.

6Department of Medicine, School of Medicine, University of Illinois, Chicago, Illinois, USA.

7Division of Nephrology and Hypertension, Department of Medicine and Center for Translational Metabolism and Health, Institute for Public Health and Medicine, Chicago, Illinois, USA; Department of Preventive Medicine Feinberg School of Medicine, Northwestern University, Chicago, Illinois, USA.

8School of Medicine, John Hopkins University, Baltimore, Maryland, USA.

9Department of Nephrology and Hypertension, Cleveland Clinic, Cleveland, Ohio, USA.

10Departments of Epidemiology, Biostatistics and Medicine, University of California at San Francisco, San Francisco, California, USA.

11Department of Internal Medicine, Division of Nephrology, University of Michigan Health System, Ann Arbor, Michigan, USA.

12Department of Medicine, Tulane University School of Medicine, New Orleans, Louisiana, USA.

13Departments of Medicine, Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania, Philadelphia, Pennsylvania, USA.

14Department of Nephrology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan.

15Department of Internal Medicine, Division of Nephrology, Endocrinology and Metabolism, Tokai University School of Medicine, Isehara, Kanagawa, Japan.

 

DOI:10.1016/j.kint.2023.01.008

 

Copyright © 2023, International Society of Nephrology. Published by Elsevier Inc. This is an open access article under the CC BY license (http://creativecommons.org/licenses/by/4.0). https://doi.org/10.1016/j.kint.2023.01.008

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