変形性膝関節症の軟骨再生 同種軟骨細胞シートの有効性を臨床で確認 ~関節を温存する根本治療の実現に向け前進~

2023年01月17日

東海大学[伊勢原校舎]医学部医学科整形外科学の佐藤正人教授らの研究グループは、変形性膝関節症の臨床研究において、多指症1)患者の手術時に廃棄される軟骨組織から作製した同種軟骨細胞シート2)を患者10名の膝関節の軟骨欠損部へ移植し、その全例で術後一年の安全性、有効性を確認しました。なお、本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の事業として、本学と防衛医科大学校、国立成育医療研究センター、国立医薬品食品衛生研究所、東京女子医科大学、ユタ大学、ならびに株式会社DNAチップ研究所との共同で実施され、研究成果は2022年12月16日(金)、ネイチャーパートナージャーナルの『npj Regenerative Medicine』(オンラインジャーナル)に掲載されました。

研究のポイント
・同種軟骨細胞シート移植の安全性・有効性を臨床で確認
・同種軟骨細胞シートの移植では、組織採取のための手術が不要なため、低侵襲な治療が可能
・軟骨欠損部の数や大きさの制限なく移植が可能

■研究の背景
変形性膝関節症は、進行性かつ難治性の関節の変性疾患で、罹患率の高い疾病でありながら、根治的な治療法は開発されていません。本研究グループは、2011年に厚生労働省の承認を得て、自己の細胞から作製した軟骨細胞シートを移植する臨床研究を開始しました。2019年には、変形性膝関節症の軟骨欠損に対する世界初の細胞シートを用いた関節軟骨の再生医療として、「先進医療B」に承認されました。しかし、自己細胞シート作製の課題は、組織採取のための手術が必要なことでした。また、作製できる細胞シートの枚数が限られているため、適応条件として軟骨欠損部の大きさに制限(臨床研究では4.2cm2未満、先進医療では8.4cm2未満)がありました。

■研究成果の概要
軟骨組織の主な特徴として、免疫寛容3)が挙げられます。そこで、本研究グループでは多指症患者の手術時に廃棄される軟骨組織に着目しました。切除された指関節の軟骨から軟骨細胞を単離した後、拡大培養して凍結保存し、各種の安全性検査を実施した上で、免疫不全動物の膝軟骨欠損部分への細胞シートの異種移植によって有効性を確認できた細胞を使用して、同種軟骨細胞シートを作製しました。この細胞シートを変形性膝関節症で高位脛骨骨切り術4)を施行した患者10名の軟骨欠損部へ移植しました。その結果、全例で術後一年の安全性、有効性を確認するとともに、組織学的にも硝子軟骨5)での再生軟骨の生成を確認し、その後の経過観察も行いました。また、移植した同種軟骨細胞シートの免疫組織学的な検討、細胞表面マーカー6)、遺伝子発現プロファイル7)ならびに細胞シートが分泌する液性因子の分析など詳細なデータをもとに、同種軟骨細胞シート移植の有効性に関与する遺伝子群も同定しました。
2019年に発表した「自己細胞シート」の臨床研究では、組織採取のための手術が必要でしたが、今回作製した同種軟骨細胞シートでは同手術が不要です。また、自己細胞シートでは作製できる細胞シートの枚数が限られていたため、適応条件として軟骨欠損部の大きさに制限(臨床研究では4.2cm2未満、先進医療では8.4cm2未満)がありましたが、同種軟骨細胞シートではあらかじめ十分な枚数を確保できるため、軟骨欠損部の数や大きさの制限なく移植することが可能です。今回移植を実施した中には、軟骨欠損が複数個所に認められる症例、あるいは合計で20 cm2を超えるような大きな軟骨欠損部がある症例なども含まれています。

■本研究の意義と今後の展望
変形性膝関節症は国内で800万人以上の有症状者がいるとされており、高齢化に伴って今後も患者数の増加が予想されます。緩やかに進行する変性疾患ではあるものの、軟骨欠損に対する有効な治療法はこれまで開発されていません。同種軟骨細胞シート移植による再生医療は、人工関節ではなく生物学的な根本治療と言える“関節温存”への期待は大きく、より多くの患者にこの治療を提供できるよう現在、株式会社セルシードと共に医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)の下での製品としての承認取得を目指して企業治験を実施するため、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)との協議を重ねています。

■特記事項
本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の事業として実施されました。

■掲載論文
掲載誌 : npj Regenerative Medicine (オンライン版)
タイトル : Polydactyly-derived allogeneic chondrocyte cell-sheet transplantation with high tibial osteotomy as regenerative therapy for knee osteoarthritis
掲載日 日本時間:2022年12月16日(金)
著者 : 浜橋 恒介1,2、豊田 恵利子1,2、石原 美弥3、三谷 玄弥1,2,、高垣智紀1,2、金城 永俊1,2、前原 美樹1,2,、高橋 匠1,2,、岡田 恵里1,2,、渡部綾子1,2,、中村嘉彦4、加藤 玲子5、的場 亮6、高木 岳彦7、阿久津 英憲7、梅澤 明弘7、小林 広幸8、赤松 正9、大和 雅之10、岡野 光夫11、渡辺 雅彦1,2、佐藤 正人1,2
所属情報
1.東海大学医学部医学科外科学系整形外科学
2.東海大学大学院医学研究科運動器先端医療研究センター
3.防衛医科大学校医用工学
4.東海大学医学部付属病院中央診療部セルプロセッシング室
5.国立医薬品食品衛生研究所
6.株式会社DNAチップ研究所
7.国立成育医療研究センター
8.東海大学医学部医学科基盤診療学系臨床薬理学
9.東海大学医学部医学科外科学系形成外科学
10.東京女子医科大学 先端生命医科学研究所
11.ユタ大学薬学部細胞シート再生医療センター
DOI : https://doi.org/10.1038/s41536-022-00272-1.


■用語解説
1)多指症
指が過剰に形成される疾患。1,000人に1~3人であり、多指症のなかで母指多指症が90%、その他は数%の頻度で発生する(今日の整形外科治療指針第8版 医学書院)。

2)同種軟骨細胞シート
他人の軟骨(多指症手術時の廃棄組織)から単離した軟骨細胞を、温度応答性ポリマーがコーティングされた特殊な培養皿を使用して作製した細胞シートのこと。酵素処理を行わずに作製するので細胞シートの表面に接着因子が保持されていて局所への接着性に優れている。細胞シートが分泌するタンパク質等も組織再生に寄与している。

3)免疫寛容
生体の免疫系は、通常非自己(他人)の組織を排除するように反応するが、この反応が起こらず非自己の組織や細胞が排除されない状態。

4)高位脛骨骨切り術
変形性膝関節症に対する手術療法。変形した下肢のアライメントを矯正するために、脛骨を骨切りする手術のこと。今回の臨床研究では、O脚を矯正する際に、高位脛骨骨切り術を実施して、軟骨欠損部に同種細胞シートを移植した。

5)硝子軟骨
生体の軟骨組織は軟骨基質の成分の違いにより、硝子軟骨、線維軟骨、弾性軟骨に区別されるが、健常な関節は粘弾性に富んだ硝子軟骨で形成されている。なめらかな関節の動きには、硝子軟骨であることが重要である。

6)細胞表面マーカー
細胞の表面に分布し、細胞の種類や特性の目印となるタンパク質や糖鎖などの分子。

7)遺伝子発現プロファイル
細胞や組織で発現しているRNAの種類や量の情報。遺伝子発現プロファイルは、細胞の分化度や機能、状態などを知る手がかりとなる。

<研究に関するお問い合わせ>
東海大学医学部医学科外科学系整形外科学 佐藤正人
TEL. 0463-93-1121(代表)内線2320
E-mail:sato-m@is.icc.u-tokai.ac.jp

<本件に関するお問い合わせ>
東海大学 ビーワンオフィス 担当:喜友名、林
TEL.0463-63-4670(直通) E-mail:pr@tsc.u-tokai.ac.jp

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