突発性難聴における動脈硬化の関連性を解明 -血流障害による突発性難聴の病態解明の手がかり-

2022年12月23日

 東海大学医学部専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の和佐野浩一郎准教授らの研究グループと慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室の都築伸佳共同研究員(国立病院機構東京医療センター臨床研究センター聴覚平衡覚研究部研究員)および大石直樹准教授らは、突発性難聴に関する多施設共同後ろ向き観察研究(研究が開始される前に収集された情報を用いる研究)を実施し、動脈硬化因子が突発性難聴の重症化だけでなく健側(突然の難聴が発症していない耳)の難聴とも関連していること(図1)、健側に中等度以上の難聴があると突発性難聴が治癒しにくいこと(図2)を明らかにしました。また、発症時の抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)の内服が突発性難聴の非治癒(治療後に患側の聴力が回復しないこと)と関連しているという新たな結果(図2)が得られました。
突発性難聴患者において動脈硬化因子を評価すること、患側(突然の難聴が発症した耳)だけでなく診断基準に含まれていない健側の聴力も評価することが重要であることが示唆されました。また、抗凝固薬の内服のある突発性難聴患者に対しては、内耳の出血や梗塞(血液が流れにくくなり細胞組織が壊死すること)を疑い、早期の画像検査(MRI)や詳細な聴覚・平衡機能検査を行うことで、具体的な臨床像を明らかにする必要性が示唆されました。本研究により、今後、内耳への血流障害を原因とした突発性難聴の臨床像の解明や適切な画像検査、聴覚・平衡機能検査による内耳出血、内耳梗塞(内耳への血管がつまってしまうこと)の診断方法の確立が進むことが期待されます。
本研究成果は、2022年12月13日(英国時間)英国ネイチャー出版グループのScientific Reports電子版に掲載されました。

1.研究の背景と概要
 一般的に、突然聞こえが悪くなる難聴は突発難聴と呼ばれており、強大音への曝露や聴神経腫瘍、おたふくかぜの原因ウイルスであるムンプスウイルスへの感染などが原因となります。しかしながら実際に突発難聴の原因の精査を行なっても原因不明であることが多く、そのような突発難聴が突発性難聴と診断されます。
突発性難聴の年間罹患率は10万人あたり60.9人(厚生労働省特定疾患急性高度難聴調査研究班による2012年調査)と報告されています。ステロイドの全身投与(内服や点滴による投与)や鼓室内投与(鼓膜の奥への直接投与)を中心にさまざまな治療が行われていますが、その治癒率はわずか30-40%程度にとどまっています。突発性難聴の原因・病態にはウイルス感染、自己免疫、動脈硬化や梗塞による内耳(音の振動を電気信号に変換する場所)への血流障害などの説が唱えられていますが、未だ明らかになっていません。
突発性難聴の診断基準は、発症様式(72時間以内に発症した突然の難聴)や患側のみの聴力像を中心に組み立てられています。数十年にわたってその治癒率が向上せず病態も解明されない要因の一つには、解明されていないさまざまな原因や病態が一つの疾患としてまとめて扱われてしまっていることが考えられます。また、耳鼻咽喉科の日常診療では、糖尿病などの動脈硬化因子をもつ突発性難聴患者が比較的多くみられます。動脈硬化因子が突発性難聴の重症化因子となるとの複数の報告はありますが、いずれも断片的なものに留まっていました。
そこで本研究では、動脈硬化因子と健側の聴力に着目しました。健側の聴力は主に加齢性の変化を反映していると考えられ、突発性難聴患者の中に加齢性(老人性)難聴が認められる症例が少なくありません。さらに加齢性難聴の進行には動脈硬化因子も関連しているとの報告があります。しかしながら、これまで突発性難聴患者の健側の聴力に注目した研究報告はごくわずかしかありませんでした。
突発性難聴患者の患側と健側の聴力と、治癒率、さまざまな動脈硬化因子との関連性を解析することで、動脈硬化因子をもつ患者やもともと健側に難聴のある患者にどの程度治癒が望めるのかが明らかになると考えられます。さらに、動脈硬化による血流障害を病態とする突発性難聴の臨床像の解明の手がかりとなる可能性があります。
 
2.研究の成果と意義・今後の展開
 本研究では、単一の施設では症例の集積に限界があるため、6医療機関(川崎市立川崎病院、慶應義塾大学病院、国立病院機構東京医療センター、済生会宇都宮病院、静岡赤十字病院、平塚市民病院(50音順))に協力を依頼することで、突発性難聴762症例の聴力、治療、動脈硬化因子に関する詳細なデータを解析することができました。
 統計学的な解析によって、動脈硬化因子と患側と健側の聴力、治癒率に関して主に以下のことを解明しました。

・動脈硬化因子(糖尿病、慢性心不全の既往、高齢)と、患側の聴力の悪化(重症化)に有意な関連がある
・動脈硬化因子(心筋梗塞などの血管疾患の既往、高齢、男性)と、健側の聴力の悪さに有意な関連がある
・患側の聴力が重症であること、健側の聴力が中等度以上の難聴であること、発症時に抗凝固薬の内服をしていること、と突発性難聴の非治癒に有意な関連がある

これらの結果により、突発性難聴患者において動脈硬化因子を評価すること、患側だけでなく診断基準に含まれていない健側の聴力も評価することが重要であることが示唆されました。将来、突発性難聴患者を動脈硬化リスクスコアあるいは健側の聴力の評価にMRIなどの画像検査を組み合わせることによって、動脈硬化による血流障害を病態とする突発性難聴の診断を可能にしたいと考えています。
さらに、本研究では発症時の抗凝固薬の内服が突発性難聴の非治癒と関連しているという新たな結果が得られました。抗凝固薬の内服が関わる病態としては、体内で出血が起こりやすいことによる内耳出血や、元々血管がつまりやすい状態であるために起こる内耳梗塞が予想されます。特に内耳出血は突発難聴に対して比較的早期におこなったMRIにて発見された症例報告もあります。抗凝固薬の内服のある突発性難聴患者に対しては、内耳出血や内耳梗塞を疑い、早期のMRIや詳細な聴覚・平衡機能検査を行うことで、具体的な臨床像を明らかにする必要性が示唆されました。
本研究の成果により、主に内耳への血流障害を原因とした突発性難聴の臨床像の解明や適切な画像検査、聴覚・平衡機能検査による内耳出血、内耳梗塞の診断方法の確立が進むことが期待されます。

3.特記事項
 本研究は国立病院機構ネットワーク共同研究(H31-NHO(感覚)-01)の支援によって行われました。

4.論文
タイトル:Association between atherosclerosis, hearing recovery, and hearing in the healthy ear in idiopathic sudden sensorineural hearing loss: A retrospective chart analysis
タイトル和文:突発性難聴における動脈硬化と、患側の難聴の回復、健側の聴力の関連性(後向き観察研究)
著者名:都築伸佳、和佐野浩一郎、大石直樹、辺土名貢、島貫茉莉江、西山崇経、平賀良彦、上野真史、鈴木成尚、新田清一、小川郁、小澤宏之
掲載誌:Scientific Reports(電子版)
DOI:10.1038/s41598-022-25593-5

【本発表資料のお問い合わせ先】
東海大学医学部 専門診療学系耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
准教授 和佐野 浩一郎(わさの こういちろう)
TEL:0463-931-121 FAX:0463-941-611 E-mail:wasano@tsc.u-tokai.ac.jp
https://www.fuzoku-hosp.tokai.ac.jp/service/jibi/

慶應義塾大学医学部 耳鼻咽喉科学教室
共同研究員 都築 伸佳(つづき のぶよし)
TEL:03-5363-3827  FAX:03-3353-1261 E-mail:n.tsuzuki@keio.jp
https://ent-otol.med.keio.ac.jp
 

【本リリースの配信元】
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http://www.med.keio.ac.jp
【図1】動脈硬化因子と、患側の聴力の重症化、健側の聴力の悪さに有意な関連がある
【図2】患側の聴力が重症であること、健側に中等度以上の難聴があること、発症時に抗凝固薬の内服があること、と突発性難聴の非治癒に有意な関連がある

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