鎌倉和賀江島からゴカイ類の新種発見〜平均海面付近に群生し、地震による沿岸の隆起の指標生物に〜

2022年05月12日

ヤッコカンザシの採集地点。A; 干潮時の鎌倉和賀江島、材木座海岸から逗子方面を望む。B; ヤッコカンザシの付着状況。C; 葉山長者ヶ崎の磯、ヤッコカンザシの帯状分布。スケールの位置がほぼ平均海面である。D; Cの拡大、細長い管が群生している。E; 管の拡大と管からでた個体(上方)。鰓と殻蓋が見える。Nishi et al (2022)の図2を改変。
本研究のポイント
・鎌倉和賀江島(相模湾の磯)から群生するゴカイ類の新種発見
・潮間帯に生息するヤッコカンザシゴカイは日本で最も個体数が多い種である
・これまで世界共通種とされていたが、日本産のヤッコカンザシは別種であることが判明し、日本に固有の可能性がある
・平均海面付近に石灰質の管を作ることから、地震による土地の隆起の指標になる

【研究概要】
横浜国立大学の西栄二郎教授と岩手医科大学 阿部博和助教(現:石巻専修大学 准教授)、名古屋大学 自見直人助教、東海大学 田中克彦准教授らのグループは鎌倉和賀江島(相模湾)や三浦半島西部、静岡御前崎の磯からゴカイ類の新種を発見し、日本の古称である”秋津洲”に因んだ学名をつけました。ヤッコカンザシゴカイはこれまで世界共通種とされてきましたが、日本産種は別種であることがわかり、和名はそのままで学名が変更されました。本種は石灰質の硬い管を作り、平均海面付近に帯状に群生します。石灰質の管は遺骸として岩礁上に数千年単位で長く残ることから、過去の平均海面の推定の際に良好な指標となり、実際に地震による土地の隆起や沈降の証拠として利用されています。本研究成果は、国際学術誌「ZooKeys」(2022年5月12日付)に掲載されました。

【研究成果】
ミミズやヒル、ゴカイ類を含む環形動物は海洋生物の中でも多様性の高いグループです。その中でもゴカイ類(多毛類)は種数も個体数も多く、優占種となることが多々あります。日本沿岸では1500を超える種が報告されていますが、その中でも近海の磯に普通に見られるカンザシゴカイ科のヤッコカンザシは体長1cm程と小型で、最も個体数の多い種の一つです。石灰質の管を作り、その中に棲んでいます。その管は少し青みがかり、管背面に竜骨があり、開口部付近でひさし状に貼り出します(図1参照)。管が海水に浸かると蓋の役目をする殻蓋と鰓を出し、呼吸と摂餌を行います。ヤッコカンザシという和名の“ヤッコ”は図2の→にあるような殻蓋腹面の模様に因んで付けられています。
このヤッコカンザシは、かつては南アフリカからインド洋、太平洋にわたって広く分布する単一種だと考えられてきました。しかし、南アフリカをタイプ産地(学名を命名する際の基になる標本の採集地)とする本種について、ペルシャ湾やハワイ、オーストラリア、日本などの世界各地から得られた標本の遺伝子を比較したところ、形態のよく似た複数の種の混合であることがわかりました。日本沿岸において相模湾や静岡県御前崎から標本を採集し、改めて遺伝子解析を行い、分類に関する形態観察も行って、他の海域から報告されている種とは別種であることを確認し、新種記載を行いました。ここで、日本沿岸に産すると図鑑類で紹介されている和名のヤッコカンザシに新たに学名を附したため、和名はそのままヤッコカンザシとしています。

【実験手法】
 鎌倉和賀江島や三浦半島西岸、静岡県御前崎の磯から標本を採集し、遺伝子解析を行い、配列を決定した後、系統樹を作成し、他種との比較を行いました。また、標本の一部は解剖して走査型電子顕微鏡下で観察を行いました。電子顕微鏡観察は本学機器分析評価センター内にある日本電子JSM-FE4100を用いました。鎌倉和賀江島や葉山長者ヶ崎、城ヶ島、劔崎では棲管の付着状況と分布位置(平均海面からの距離)も調べ、城ヶ島と劔崎では現在の平均海面から離れた棲管群の遺骸群集の分布も調べました。標本は千葉県立中央博物館(千葉市)、同館分館海の博物館(千葉県勝浦市)、東海大学海洋科学博物館(静岡市)に登録・保管されています。

【社会的な背景】
 日本沿岸の生物多様性が大変高いことはよく知られています。生物多様性が高い、ということは分類学的研究が比較的進んでいるということでもあります。しかし、一般的な図鑑類に掲載されているような普通種でも、よく調べてみると別の種であった、いくつかの種が混じっていた、などの事例が多く報告されています。特に、遺伝子配列を増幅するPCRとそれを組み合わせたDNA解析というテクノロジーが発達し、普及したこともあり、形態だけではなく遺伝子解析の結果から各種の分類が見直されることが多くなりました。本研究も、世界各地の沿岸に普通とされた種を各地で調べてみたら、各地に固有のいくつかの種が混じっていたということがわかったという好例です。鎌倉由比ヶ浜・材木座は海水浴場として知られ、隣接する和賀江島も日本最古の人工港として知られる観光地です。このような身近な場所から、日本沿岸で最も個体数の多いゴカイ類の1種が新種として記録されました。ゴカイ類というと貝類や甲殻類と比較するとマイナーな存在かもしれません。たとえマイナーな存在であっても、一つ一つの種の分類を細かく調べていくことで身近な環境の生物多様性の解明に貢献できると思います。
このヤッコカンザシの興味深い生態の一つに“平均海面付近に群生する”というのがあります。通常は、平均海面(潮の満ち引きを平均した水面)付近に最も高密度にかたまり、10cm四方から20cm四方を埋め尽くすほどの密度になります。石灰質の棲管がヤッコカンザシの死後もその場に残るので、過去の分布記録として利用できます。平均海面付近に高密度に群生するため、過去の平均海面の推定の研究対象として有用です。図3に城ヶ島の磯で確認された過去の遺骸の分布を示します。

【今後の展開】
過去の分布に関しては、軟体部が残されていないので、石灰質の管から分類を進めるしかありません。石灰質の管の断面を走査型電子顕微鏡で観察するなど、種類ごとに管の特徴があるのかどうかを明らかにしたいと考えています。また、相模湾だけではなく、各地の磯で現存する遺骸(石灰質の管)を調べ、過去と現在の分布記録を比較したいと考えています。
 今回は相模湾や御前崎産の個体を基に新種記載を行いましたが、沖縄には遺伝的に異なる近縁の種がいることがわかっています。その種を採集して、比較検討して分類学的研究を進める予定です。

【公表論文】

論文名:Nishi E, Abe H, Tanaka K, Jimi N, Kupriyanova EK (2022) A new species of the Spirobranchus kraussii complex, S. akitsushima (Annelida, Polychaeta, Serpulidae), from the rocky intertidal zone of Japan. ZooKeys 1100: 1–28.
(日本沿岸の磯の潮間帯から採集された環形動物多毛類カンザシゴカイ科の新種)

掲載誌:ZooKeys https://doi.org/10.3897/zookeys.1100.79569

公表日時:2022年5月12日17:00(日本時間)

著者:西 栄二郎・阿部博和・田中克彦・自見直人・Elena Kupriyanova (Australian Museum)

研究費助成:独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費

【本件に関するお問い合わせ先】
横浜国立大学 教育学部 西 栄二郎 E-mail:nishi-eijiroh-nr@ynu.ac.jp

【その他お問い合わせ先】
横浜国立大学 総務企画部 学長室 広報・渉外係
電話:045-339-3027 E-mail:press@ynu.ac.jp
図2。ヤッコカンザシの体前部の拡大(左は腹面、右は側面)。左図の上から殻蓋、鰓、襟膜、胸部と続く。矢印は殻蓋腹面にある模様を指す。coは襟膜、tmは胸膜を示す。Nishi et al (2022)の図4を改変。
図3。城ヶ島の陸上に取り残されたヤッコカンザシの遺骸(石灰質の管)。Aは採集地の全景、Bは低位の群集の場所を示す。Dの下側の四角がほぼ平均海面(Hは帯状分布の拡大)。Dの上側の四角は隆起した際に残された遺骸(Cはその拡大図)。E, F, Gは潮溜りやその上方に残された遺骸で、平均海面より1から2mほど上にある。Nishi et al (2022)の図3を改変。

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