脳血管と神経細胞に形の関係性を発見 ~統合失調症での脳代謝のアンバランスも示唆~

2021年06月02日

図1.上:大型放射光施設SPring-8外観。下:測定実験の様子。脳組織検体を矢印で示す。
                                


公益財団法人東京都医学総合研究所の糸川昌成副所長らは、脳の毛細血管と神経細胞の間に、形の関係性があることを見出したと発表しました。本研究は、名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野の尾崎紀夫教授、東海大学工学部生命化学科の水谷隆太教授らのグループと共同で行ったもので、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の研究助成により実施しました。
この研究成果は、2021年6月3日(木曜日)18時(日本時間)に英文誌『Scientific Reports』にオンライン掲載されます。

<論文名>
” Brain capillary structures of schizophrenia cases and controls show a correlation with their neuron structures”
(統合失調症例および対照例の脳の毛細血管は、神経細胞の構造と相関を示す)

<発表雑誌>
Scientific Reports
DOI : 10.1038/s41598-021-91233-z
URL: www.nature.com/articles/s41598-021-91233-z



発表のポイント
・ヒト脳組織の三次元構造を、大型放射光施設SPring-8 *1)でマイクロCT法 *2)により解析した。
・得られた三次元像を解析したところ、脳の毛細血管の曲がり方が、神経突起の曲がり方と比例していた。
・一方で、毛細血管の太さは、神経突起の太さに関係なく一定であり、毛細血管と神経突起の曲がり方は比例するのに、太さは比例しないことが、統合失調症の脳代謝のアンバランスに関わっていると思われる。

発表概要
東京都医学総合研究所の糸川昌成副所長らの研究グループは、高輝度光科学研究センターSPring-8、高エネルギー加速器研究機構との共同研究で、ヒト脳組織の三次元構造をマイクロCT法により解析し、神経突起と毛細血管で曲率(曲がり方)の相関を見出しました。一方で、毛細血管の直径は、神経突起の直径に関係なく一定でした。以前の研究では、統合失調症では神経突起が蛇行し、細くなっていることを明らかにしており、統合失調症での脳組織萎縮の原因の一部と思われます。今回明らかになった毛細血管の特徴は、脳組織が萎縮しても血管系が一定の体積を保つことを示しており、統合失調症での脳代謝のアンバランスに関わっていることが示唆されます。

発表内容
統合失調症では、脳の特定の場所が萎縮することが知られています。例えば、眉間の奥の「帯状回」と呼ばれる場所や、耳の近くの「側頭葉」と呼ばれる部分です。そのような脳部位では、血流や代謝の異常が報告されており、精神症状との関係が疑われます。しかし、脳組織の血管ネットワークがどのような形になっているかは、明らかではありませんでした。今回の研究では、マイクロトモグラフィ(マイクロCT)法と呼ばれる方法をヒト脳組織に応用し、脳の毛細血管の構造をミクロのスケールで解析しました。糸川副所長らの研究グループは、脳の部位のうち、側頭葉Brodmann area 22(BA22)と帯状回BA24の脳組織を用いて、大型放射光施設SPring-8で実験を行いました(図1)。

このようにして得た三次元像をトレースし、血管ネットワークの構造をデカルト座標系で再現しました(図2)。その座標値を用いれば、微分幾何学を応用することによって、神経細胞の構造と比べることが可能になります。


このようにして得た脳血管の構造を神経細胞と比べたところ、曲率(曲がり方)が毛細血管と神経突起で比例していることがわかりました(図3左)。以前の研究では、統合失調症で神経突起が曲がっていることがわかっており、血管も同様の傾向があるようです。一方で、毛細血管の太さは、神経突起の太さに関わらず一定でした(図3右)。今回解析した側頭葉BA22や帯状回BA24は、統合失調症で脳組織が萎縮することが報告されています。そのような場所で血管径が一定で、曲がりくねっているということは、血管ネットワークが神経細胞に比べて大きな体積を占めていることになります。このような血管ネットワークと神経細胞の関係が、統合失調症での脳代謝に影響していると思われます。


これまで、脳の血管ネットワークがこのような形で解析されたことはなく、神経細胞との関係性も明らかではありませんでした。今回の研究から、統合失調症であるかどうかに関わりなく、脳の毛細血管の形が神経細胞の形と関係していることがわかりました。従来の顕微鏡による方法では、立体的な脳を平面的な画像で観察していたため、偶然決まった方向で見ることとなり、形を正確に再現できていませんでした。今回、シンクロトロン放射光施設 *3)で脳組織を立体構造のまま解析できたことが、ブレイクスルーをもたらしたポイントだと考えます。

統合失調症は120年前にドイツの精神医学者エミール・クレペリンによって提案された疾患概念です。クレペリンは統合失調症の基礎に、代謝の障害と神経細胞の変化を予言しましたが、これまで両者を関連付けた知見は得られてきませんでした。本研究の成果は、統合失調症の脳の変化のひとつとして、120年前に予言された統合失調症での代謝の関与を提示するものです。統合失調症の治療薬は、現在のところ対症療法的な薬しかなく、アンメット・メディカル・ニーズの高い分野です。今回の結果は、統合失調症での脳代謝異常について重要なヒントを与えるものであり、原因に基づいた治療法の確立に道を開くと期待されます。


用語解説
*1) 大型放射光施設SPring-8:放射光(シンクロトロン放射、以下参照)を用いた実験を行うための共同利用研究施設で、兵庫県佐用町にある。世界で3か所ないし4か所とされる第三世代の放射光施設の一つで、世界最高性能を誇る。高い輝度のX線による実験が可能なことから、今回のような医学・生物学分野だけでなく、宇宙科学や考古学に至るまで、様々な分野の研究で国際的に利用されている。

*2) マイクロCT法:CTスキャンの原理を応用して、マイクロメーターからナノメーター分解能で三次元構造を可視化する技術。X線を用いるため、不透明なものでも非破壊で観察可能。また、CTスキャンと同様にあらゆる方向から撮像して断層像を再構成するため、奥行き方向でボケたりせず、均一な分解能の三次元像が得られる。

*3) シンクロトロン放射:放射光とも呼ばれる。電子などの荷電粒子を光速近くまで加速し、磁場により軌道を曲げることで生じる電磁波の一種。指向性が高く、スペクトルが広いことから、その性質を活用した実験が盛んに行われており、世界各国に88、国内でも13の利用施設がある。X線や真空紫外の光源として用いられることが多い。
図2.統合失調症例の脳組織の三次元解析。A:上側頭回BA22の脳組織の三次元像。スケールバー100 μm。B:その血管ネットワークをトレースして、デカルト座標系で再現した構造モデル。C-E:毛細血管の三次元像(灰色)をトレースして、構造モデル(赤色)を構築したところ。血管の中には、ギッシリ血球がつまっている様子が見て取れる。スケールバー10 μm。
図3.血管(縦軸)と神経突起(横軸)の構造の関係。左の曲率(曲がり方)のグラフでは、血管と神経突起が比例関係にある。一方で、右の直径のグラフでは、神経突起(横軸)にかかわらず、血管径(縦軸)は一定である。●や■は統合失調症例、○や□は対照例。

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