卵巣癌の早期発見を目的とした新たな診断システムの開発

2020年09月24日

研究のポイント

・卵巣癌は、発見時には既に進行癌であるケースが多く、「早期発見」のアプローチが不可欠である。

・早期発見を目的とした新たな診断システムとして、液体クロマトグラフィー質量分析による「網羅的血清糖ペプチドスペクトラ解析」(CSGSA:Comprehensive Serum Glycopeptide Spectra Analysis、以下:CSGSA(シースジーサ)」を開発した。卵巣癌検査においてこれまで行われてきた単一腫瘍マーカーの概念とはまったく異なる診断システムである。

・今回開発したCSGSA(シースジーサ)は、従来の癌特異的物質を探索すると同時に、糖ペプチド全体の変化パターンを把握し、疾患の有無を判別する試みである。

・CSGSA(シースジーサ)に統計学的解析法(OPLS-DA法)、人工知能(深層学習)を応用して、血清のみから初期卵巣癌の診断を可能とするアルゴリズムを開発した。

・研究成果をまとめた2つの論文が8月21日(金)、『Cancers』に掲載。

・本研究成果は、慶應拠点のAMED橋渡し研究戦略的推進プログラム及び文部科学省科学研究費支援を受けて得られた。

発表概要

東海大学医学部専門診療学系産婦人科教授の三上幹男らの研究グループは株式会社LSIメディエンス田辺和弘氏と共同で、卵巣癌の早期発見を目的とした新たな診断方法として、液体クロマトグラフィー質量分析(以下、LC/MS)〔注1〕によるCSGSA(シースジーサ)を開発しました。

CSGSA(シースジーサ)は、従来の癌特異的物質を探索すると同時に、糖ペプチド全体の変化パターンを把握し、疾患の有無を判別するものです。また、本研究グループはCSGSA(シースジーサ)に統計学的解析法(OPLS-DA法)〔注2〕、人工知能(深層学習)を応用して、血清のみから初期卵巣癌の診断を可能にする2つのアルゴリズムを開発しました。

なお、これらの研究成果をまとめた論文が2020年8月21日(金)、論文誌『Cancers』のオンライン版にて公開されました。

発表内容

研究の背景

 卵巣癌は、発見時には既に進行癌であるケースが多く、女性の約200人に1人がこの癌で亡くなるほど、極めて予後が悪い癌として知られています。さらに、国内の卵巣癌患者の死亡率は、特に若年層で欧米よりも高いことが報告されています。卵巣癌の治療では、新薬開発のためのゲノム関連のアプローチも進められていますが、それ以前の段階である「早期発見」のアプローチが不可欠であり、従来の概念を覆す早期診断法の開発に向けた新たな発想・技術の導入が待たれています。

研究の内容

これまで汎用されてきた血清蛋白腫瘍マーカー〔注3〕は、単一分子への抗原抗体反応を基本としたアッセイ系〔注4〕による分子の測定によって評価するものでした。その分子の研究対象は、分子生物学的方法論の発展に伴って蛋白からmicroRNA〔注5〕、circulating tumor DNA〔注6〕にまで広がっているものの、検診に用いることができる腫瘍マーカーは未だ開発途上であり、血液を用いた癌診断には、新規腫瘍マーカーの探索と同時に既成概念を打破する新たな取り組みが急務となっています。

本研究グループが開発した、LC/MSによるCSGSA(シースジーサ)は、単一腫瘍マーカーの概念とはまったく異なる診断方法です。具体的には、血液から糖蛋白を抽出し、糖ペプチドとしてLC/MSに投入、そこから得た2次元データから再現性のある約2,000のピーク値を抽出し、そのすべてのピーク値データを患者間で比較して単一腫瘍マーカーを同定、あるいはすべてのピーク値データを用いて病態の判別を行う診断システムで、"究極のコンビネーション・アッセイ"の構築を目指すものです。さらに、本研究グループではCSGSA(シースジーサ)に統計学的解析法(OPLS-DA法)、人工知能(深層学習)を応用し、血清のみから初期卵巣癌の診断を可能にする2つのアルゴリズムの開発に成功しました。

今後の展開

診断精度のさらなる向上を目指すとともに、CSGSA(シースジーサ)を用いた卵巣癌の早期診断によって卵巣癌で亡くなる女性の減少に貢献すべく、臨床試験を重ねていきます。

論文情報

論文名

Comprehensive Serum Glycopeptide Spectra Analysis Combined with Artificial Intelligence (CSGSA-AI) to Diagnose Early-Stage Ovarian Cancer. (網羅的血清糖ペプチドスペクトル解析をAIに応用した卵巣癌早期診断法の開発)

著者

田辺和弘1,2、池田仁惠3、林優3、松尾高司4,5、矢坂美和3、町田弘子3

信田政子3、片平智子1、今西規6、平澤猛3、佐藤健二3、吉田浩3

三上幹男3

所属

1株式会社LSIメディエンス メディカルソリューション本部 検査統括部

2九州プロサーチ有限責任事業組合 メディカルソリューション推進部 顧客価値創造グループ

3東海大学医学部専門診療学系産婦人科

4南カルフォルニア大学産婦人科婦人科腫瘍部門

5南カルフォルニア大学ノリスがんセンター

6東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学

雑誌名

Cancers

DOI

10.3390/cancers12092373

URL

https://www.mdpi.com/2072-6694/12/9/2373

論文名

Utility of Comprehensive Serum Glycopeptide Spectra Analysis (CSGSA) for the Detection of Early Stage Epithelial Ovarian Cancer. (網羅的血清糖ペプチドスペクトル解析を応用した卵巣癌早期診断法の開発)

著者

松尾高司1,2、田辺和弘3、林優4、池田仁惠4、矢坂美和4、町田弘子4、信田政子4、佐藤健二4、吉田浩4、平澤猛4、今西規5、三上幹男4

所属

1南カルフォルニア大学産婦人科婦人科腫瘍部門

2南カルフォルニア大学ノリスがんセンター

3株式会社LSIメディエンス メディカルソリューション本部 検査統括部

メディカルソリューション推進部

4東海大学医学部専門診療学系産婦人科

5東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学

雑誌名

Cancers

DOI

10.3390/cancers12092374

URL

https://www.mdpi.com/2072-6694/12/9/2374

本研究の支援

・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

令和元年度および令和2年度AMED 橋渡し研究戦略的推進プログラム 慶應拠点シーズA「2次元バーコード化した網羅的血清糖ペプチドスペクトラの深層学習による卵巣癌早期診断法の開発」(研究代表者:三上幹男)課題管理番号: JP20lm0203004

・科学研究費基盤研究B(平成29年度~令和元年度)

「既成概念を打破する血清網羅的糖ペプチド解析による卵巣癌早期診断・予後診断法の開発」(研究代表者:三上幹男)

・科学研究費基盤研究C(平成30年度~令和2年度)

「網羅的血清糖ペプチドピークと人工知能を用いた卵巣癌早期診断法の開発」

(研究代表者:池田仁惠・分担研究者:三上幹男)

特許

特許出願番号:2019-108992

発明の名称:罹患判定支援装置、罹患判定支援方法、及び罹患判定支援プログラム

出願人:学校法人東海大学、株式会社LSIメディエンス

発明者:三上幹男、田辺和弘

出願日:2019年6月11日

国際出願番号:PCT/JP2020/023108

発明の名称:罹患判定支援装置、罹患判定支援方法、及び罹患判定支援プログラム

出願人:学校法人東海大学、株式会社LSIメディエンス

発明者:三上幹男、田辺和弘

国際出願日:2020年6月11日

用語

〔注1〕 液体クロマトグラフィー/質量分析(LC/MS)

液体クロマトグラフ(LC)で分離した種々の成分を、質量分析(MS)部でイオン化させ、さらに質量電荷比(m/z)毎に分離して検出する分析方法である。複数の成分が混ざっている物質を2つの方法を用いて2次元に展開し分離する方法。

〔注2〕統計学的解析法(OPLS-DA法)

1つの対象が待つ多数の因子を用いて、対象群をその特徴で分類する統計学的手法。

〔注3〕血清蛋白腫瘍マーカー

癌の中には、"腫瘍マーカー"と呼ばれる物質を作り出すものがある。体液(主に血液)の中に含まれる"腫瘍マーカー"を測定することで、癌の有無や進行度、治療効果などを、ある程度は把握することができる。その腫瘍マーカーの中で、蛋白質である腫瘍マーカーを指す。

〔注4〕アッセイ系

ある検体に含まれる物質の量、または機能的な活性や反応を、定性的に評価、または定量的に測定する方法。

〔注5〕microRNA

microRNA(miRNA)は血液や唾液、尿などの体液に含まれる小さなRNAで、メッセンジャーRNAが翻訳されるのを抑制する。つまり、タンパク質合成を抑制するのがmiRNAである。miRNAは近年、癌の超早期発見に役立つとして注目されている。

〔注6〕circulating tumor DNA

癌細胞から血液中にわずかに漏れ出した癌由来のDNA。

<研究に関するお問い合わせ>

東海大学医学部専門診療学系産婦人科

TEL. 0463-93-1121(代表)Email:mmikami@is.icc.u-tokai.ac.jp

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学 大学広報部企画広報課

TEL.0463-58-1211(代表)Email:pr@tsc.u-tokai.ac.jp

【図1】血液中の糖蛋白質を分解して糖ペプチドにします。それを濃縮しLC/MSを用いて2次元に展開し各々の糖ペプチドのピークデータを取得。一人当たり2,000種類のデータを得て、特殊な統計学的手法を用いて癌患者と健常人の比較を行い、両者を血液で選別します。
【図2】図1のようにして得た一人当たり2000種類のデータを2次元バーコードに変換し、さらに従来の卵巣癌マーカー値で色付けを行います。そのバーコードをAIに読ませ癌患者と健常人の両者を選別します。

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