東海大学・東京工業大学・早稲田大学の研究グループ 培養神経細胞の均一性を担保し、神経細胞の分化を安定的に促進させる手法を開発~立体的な微細溝加工を施したナノシートを培養基材として利用。薬剤開発時の実験の再現性向上や移植医療への応用に期待~

2020年04月23日

 東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学助教 大友麻子、同講師 中川草、奨励研究員 上田真保子、工学部応用化学科教授 岡村 陽介(共に東海大学マイクロ・ナノ研究開発センター兼任)、東京工業大学生命理工学院講師 藤枝俊宣、早稲田大学理工学術院教授 武岡真司の共同研究グループでは、立体的な微細溝加工を施した高分子超薄膜(ナノシート)を培養基材として用いることで、培養神経細胞の均一性を担保するとともに、神経細胞の分化が促進されることを見い出しました。
なお、本研究成果は2020年4月21日(火)、国際学術誌『Scientific Reports』(DOI: 10.1038/s41598-020-63537-z)に掲載されました。


<本研究のポイント>
①アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の罹患者が増加
②基礎研究や薬剤開発の過程において、培養神経細胞の不均一性が実験の再現性を阻害
③立体的な微細溝(溝幅: 50 μm)を加工した高分子超薄膜(ナノシート)(膜厚: 150 nm)を培養基材として用いることで、神経細胞の分化が促進され、培養神経細胞の均一性が保たれることを発見
④2020年4月21日(火)、国際学術誌『Scientific Reports』(DOI: 10.1038/s41598-020-63537-z)に掲載
⑤今後は、培養基材の立体的特性やナノシートの物性が神経細胞の分化や成熟に与える影響について、分子レベルで解析を展開
⑥ナノシートの技術やマイクロデバイス技術を組み合わせた種々の立体的な培養基材を用いることによって、生体内に存在する神経細胞の立体的な環境の再現を目指す。


【研究の背景】
超高齢社会を迎え、加齢に伴って発症リスクが増加するアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患の罹患者が増加しています。これらの疾患に対する基礎研究や薬剤開発の過程では、必ず培養神経細胞が用いられます。しかし、培養神経細胞は実験ごとにその分化状態にばらつきが出やすいため、均一な条件下での研究および薬剤スクリーニングなどの実施を担保できない場合があります。そのような培養神経細胞の不均一性を改善し、実験の再現性を高めることが課題となっていました。


【研究概要】
本研究では、ポリ乳酸(PLA)を用いて作製した平滑なナノシートと、立体的な微細溝加工(溝幅: 50 μm)を施したナノシートを、それぞれ培養基材として用いてマウスの大脳皮質由来の神経細胞を培養しました。1ナノメートルは一万分の一ミリメートルです。今回は膜厚150nmのナノシートを用いました。【図1】

微細溝加工したナノシートを神経細胞の培養基材として用いた場合の成長・分化などに与える影響を調べるために、蛍光顕微鏡や次世代シークエンサーなどを活用して細胞形態の解析と遺伝子発現解析を行いました。
その結果、微細溝加工ナノシートを用いて神経細胞を培養すると、神経突起の進展方向が一定方向に制御され【図2】、シナプス形成に関わる遺伝子群の発現が早まることが示されました。

また、微細溝加工したナノシートを用いて培養した神経細胞は、平滑なナノシートと比較して、遺伝子発現パターンが均一化していました。これは、微細溝加工したナノシートが神経細胞の安定的な分化誘導に寄与する可能性があることを示唆しています。【図3】


【研究の成果および特筆事項】
培養基材の形態が神経細胞の形態形成や遺伝子発現パターンに影響を与えることはこれまでにわかっていましたが、神経細胞の分化に関して詳細な解析はなされていませんでした。本研究を通じて、培養基材に立体的な微細溝加工を施すことで、神経細胞の分化を促進し培養神経細胞の均一性を担保することが明らかとなりました。これにより、実験の再現性を高める効果があると考えられます。また、今回培養基材として用いたPLAナノシートは柔らかく、厚さも50-100nm程度と薄いため、種々の加工が可能です。本研究の結果により、立体的な微細溝加工を持つPLAナノシートが、神経細胞の培養基材として優れていることが示されました。


【今後の展望と課題】
本研究により、立体的な微細溝加工を持つナノシートが、神経細胞の培養基材として優れていることが明らかになりました。一方、培養基材の立体的特性が培養神経細胞に与える影響や、ナノシートの物性が培養神経細胞に与える影響について明らかにすることはできませんでした。今後、培養基材の立体的特性やナノシートの物性が神経細胞の分化や成熟に与える影響について分子レベルで解析していきます。また、生体内に存在する神経細胞は、周囲を様々な細胞に取り囲まれた立体的な環境で生存しています。これらの環境をナノシートの技術やマイクロデバイス技術を組み合わせた種々の立体的な培養基材を用いることによって再現し、再生医療や移植医療に用いる神経細胞培養基材を開発することを目指します。


用語解説
(i)高分子超薄膜(ナノシート)
数十~数百ナノメートルの厚さに対して、数平方センチメートル以上の面積を有する自己支持性高分子超薄膜。基板などの支持体が無くてもピンセットなどで取り扱うことが可能である。ポリ乳酸や多糖などの生分解性高分子を用いれば、臓器や組織用の創傷保護材として利用できる。
(ⅱ)培養基材
細胞や組織を人工的に培養・維持するために受け皿となる素材。生体組織の複雑な機能を再現するために、様々な表面機能を有する培養基材の開発が世界的に進んでいる。
(ⅲ)神経細胞の分化
神経細胞は、脳や脊髄などに存在し、細胞体から伸びる一本の軸索と複数の樹状突起を持つ。軸索を通じて送られた電気信号は、軸索と樹状突起の間つくられるシナプスという小さな構造体を介して他の細胞に伝えられる。神経細胞も、ES細胞やiPS細胞のような、多能性幹細胞から生まれる。幹細胞や幼若な神経細胞から、神経突起を進展し、シナプスをつくり、機能的な神経細胞へと変化する様を神経細胞の分化と言う。
(ⅳ)培養神経細胞
神経細胞を組織から採取、もしくは多能性幹細胞から作り出して、培養皿上で培養したもの。
(ⅴ)次世代シークエンサー
2000年半ばに米国で登場した、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置であり、数千万~数億のDNA断片の塩基配列を同時並行的に決定することができる。高スループットで安価に配列が解析できるため、様々なアプリケーションに用いられている。


■本件に関するお問い合わせ
東海大学医学部医学科基礎医学系分子生命科学 大友麻子、中川草
TEL.0463-93-1121(代表)E-mail. asako@tokai-u.jp、so@tokai.ac.jp
国立大学法人 東京工業大学 総務部広報・社会連携課プレス担当 E-mail. media@jim.titech.ac.jp
※在宅勤務中のためE-mailにてお問い合わせください
早稲田大学理工学術院教授 武岡真司E-mail. takeoka@waseda.jp

▲平滑および立体的溝加工ナノシート基材上の神経細胞の分布を示す。平滑ナノシート上では細胞がランダムに接着するが、立体的な微細溝加工を施したナノシート上では溝構造が細胞接着部位を制御する。
▲マウス由来大脳皮質初代神経培養細胞(培養後9日目)の神経細胞の染色像を示す。緑(Tuj-1)は神経突起、赤(MAP2)は 樹状突起、青(DAPI)は 核染色を示す。Mergeはそれらの重ね合わせた画像を示す。図中の白両矢印は微細溝加工の方向を示す。微細溝加工したナノシートを用いて神経細胞を培養すると、神経突起の進展方向が一定方向に制御されていた。
▲網羅的遺伝子発現解析を用いて主成分分析を行った結果を示す。微細溝加工したナノシートを用いて培養した神経細胞は、平滑なナノシートと比較して、遺伝子発現パターンが均一化していた。

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