肝硬変治療の鍵となる新規分子を発見、新たな治療戦略を提唱~効果的な治療法が確立されていない全身臓器の線維症治療に期待~

2019年11月21日

東海大学[伊勢原キャンパス]大学院医学研究科マトリックス医学生物学センター教授の稲垣豊(センター長)と特定研究員の中野泰博(現・東京大学定量生命科学研究所)らの研究グループは、肝硬変の前段階である肝線維症(ⅰ)の治療に有効な新たな分子「TCF21」(ⅱ)を発見し、肝硬変治療のための新たな治療戦略を提唱しました。また、この研究成果をまとめた論文が9月24日(木)付で、米国肝臓病学会誌『Hepatology』に掲載されました。
(DOI:10.1002/hep.30965、URL:https://aasldpubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/hep.30965)

なお、本研究は、文部科学省の「平成27年度私立大学戦略的研究基盤形成支援事業『臓器線維症の病態解明と新たな診断・予防・治療法開発のための拠点形成』」(研究期間:5年)の一環として行われました。
本研究グループでは、肝臓以外に肺や腎臓、心臓などの線維症にもTCF21の発現異常が関わっていることを見出しており、今回の研究成果をもとに、2019年11月から複数臓器の線維症に共通してはたらく治療候補物質の選定作業に着手しました。

■研究の背景について
これまでわが国では、B型ならびにC型肝炎ウイルスの持続感染による慢性肝炎から肝硬変・肝がんへの進展が高頻度に見られ、大きな社会問題ともなってきました。加えて近年では、食生活の欧米化と運動不足により発症するメタボリック症候群の肝臓病変としての非アルコール性脂肪肝炎患者が急増し、同様に肝硬変から肝がんを合併する予後不良な疾患として、その対策が急務となっています。肝臓内に炎症が起きると、肝星細胞(ⅲ)と呼ばれる細胞が活性化し、コラーゲンをはじめとする線維成分を過剰に産生するようになります(肝線維化)。この状態が持続すると、肝臓は次第に固くなり(肝線維症)、肝硬変を引き起こします。現在、肝硬変の前段階である肝線維症の治療に向け、さまざまな候補薬剤が開発されていますが、いまだ有効な治療法は確立されていません。
そこで、本研究グループは肝線維化の原因物質であるコラーゲンを作り出す肝星細胞に注目しました。肝星細胞は、普段は肝臓の機能を補助する役割を担っていますが、炎症の刺激を受けると素早く活発化し、コラーゲン線維を過剰に産生する筋線維芽細胞に変化します。一方で、この筋線維芽細胞は、炎症刺激がなくなると、非常にゆっくりではあるものの、正常な肝星細胞の状態に戻っていく(脱活性化)ことが、近年の動物実験で実証されています。

■研究の成果と臨床応用への期待
本研究グループは、この活性化と脱活性化を行き来する肝星細胞の性質の変化に着目し、脱活性化を誘導する分子があるとの仮説を立てて研究を開始しました(図1)。その結果、誕生前の胎児における肝星細胞の成熟に重要な分子群の中から、正常な肝星細胞で強く発現し、筋線維芽細胞に変化した活性型の肝星細胞で発現が著しく低下する新たな分子として「TCF21」を見いだしました(図2)。肝硬変モデルマウスの筋線維芽細胞にTCF21発現を誘導すると、活性型の状態から正常に近い肝星細胞への脱活性化が速やかに起こり、肝線維症の症状が顕著に改善されました。
TCF21の治療効果は、非アルコール性脂肪肝炎のモデルマウスにおいても証明されました(図3)。また、ヒトの肝硬変でもTCF21の発現が顕著に低下していたことから、臨床的にもTCF21治療の有効性が期待されます。

■本件に関するお問い合わせ
東海大学大学院医学研究科マトリックス医学生物学センター
担当:稲垣 豊
TEL.0463-93-1121(代表)
E-mail. yutakai@is.icc.u-tokai.ac.jp

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