ウイルスに由来するPEG10遺伝子は胎盤の血管構造維持に必須である -ウイルスが持つ機能がもたらした哺乳類の胎盤機能維持機構-

2021年09月27日

 山梨大学大学院総合研究部生命環境学域 志浦寛相助教・幸田尚教授、東京医科歯科大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野 石野史敏教授(現 東京医科歯科大学名誉教授)、東海大学医学部 金児-石野知子教授らの研究グループは、哺乳類だけが持つPeg10 遺伝子のプロテアーゼ※1活性が胎盤の血管構造の維持に必須であり、妊娠中期から後期における正常な胎児の成長に重要な役割を持つことを、マウスモデルの実験で明らかにしました。この研究は、文部科学省科学研究費助成事業 基盤研究A(16H02478、19H00978)ならびに持田記念医学薬学振興財団研究助成による支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学雑誌 Development に 2021 年9月 24日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
PEG10 遺伝子は哺乳類の中でもカンガルーなどの有袋類とわれわれヒトやマウスなどの真獣類のグループのみが持つ進化上新しい遺伝子です。本研究グループは、この遺伝子がレトロトランスポゾンもしくはレトロウイルス※2に由来する遺伝子であること、真獣類において妊娠中の胎児の発生・成長に不可欠である胎盤の初期発生に必須な遺伝子であることなどをすでに報告しています。このことは、哺乳類の共通祖先に感染したウイルス(もしくはウイルス様因子)が新たな遺伝子PEG10 としてはたらき、母親がお腹の中で子どもを育てる“胎生”という哺乳類特有の発生様式の進化に大きく貢献したことを示唆しています。この遺伝子は胎盤発生の初期だけでなく、発生後期の胎盤や胎児組織においても発現がみられることから、ほかにも多くの機能に関わっていることが予想されます。しかし、それらについては明らかになっていませんでした。このPEG10 という新しい遺伝子が持つ機能の詳細を知ることは、哺乳類の進化の謎を紐解く上でも重要であると考えられます。

【研究成果の概要】
Peg10 遺伝子の機能を全て欠損させたマウス(Peg10 欠損マウス)は、胎盤の初期発生に異常が起こり、胎生の初期ですべてのマウス胎児が死んでしまいます。そのため、このマウスモデルではPeg10 が胎盤の初期発生以外のどこで機能しているのかを調べることはできませんでした。そこで本研究グループは、Peg10 遺伝子の機能を一部だけ欠損させたマウスを複数種類作成し解析することで、Peg10 が持つ様々な機能を明らかにしようとする取り組みを進めています。本研究では、PEG10タンパク質が持つプロテアーゼ※1活性を欠損させたマウスの解析を行いました。その結果、このプロテアーゼ欠損マウスは、Peg10 欠損マウスのような胎盤初期形成の異常や胎生初期での致死性は示さず、胎生中期以降に胎盤および胎児の成長不良がみられ、出生前後までにほとんどの個体が死んでしまうことが分かりました(図1)。
胎盤は胎児成長を支える重要な組織であり、胎児の異常に先行して胎盤の成長不良が現れることから、このマウスでみられる胎児の成長不良・出生前後の致死性は、胎盤の機能不全が原因であると考えられます。そこで胎盤の状態を詳しく調べたところ、胎児のへその緒につながる胎盤内の胎児毛細血管に重度の損傷が起きていることが明らかになりました(図2)。胎児成長に必要な酸素や栄養の供給および不要な代謝物等の排出は、この胎児毛細血管を流れる胎児血液とその外側で胎盤内を満たす母体血液との間で行われます。この胎児-母体間の接触面(インターフェイス)の構造において、PEG10は胎児毛細血管を取り囲み母体血と直接接しているトロフォブラスト細胞で発現していることが分かりました(図3)。この結果は、トロフォブラスト細胞がPEG10のプロテアーゼ活性を利用して胎児毛細血管を守っていることを示しています。このプロテアーゼ欠損マウスでは、その機能欠損により生じた胎盤内の胎児毛細血管の損傷が母体-胎児間のガス・栄養交換機能不全へとつながり、胎児の成長不良および致死性を引き起こしたと考えられます。

【研究成果による新しい知見とその意義】
<ウイルスが持つ機能の利用>
本研究ならびにPeg10 欠損マウスの解析から、Peg10 遺伝子は妊娠初期における胎盤の初期形成だけでなく妊娠中期から後期にかけての正常な胎盤機能の維持といった少なくとも二つの過程で必須なはたらきをしていることが明らかとなりました。このうち、後者にPEG10が持つプロテアーゼ活性が必要となります。このプロテアーゼ活性は、PEG10 遺伝子の元になったウイルス(もしくはウイルス様因子)がもともと持っていた機能です。したがって、哺乳類の進化の過程でその性質が巧みに利用され、胎盤構造維持に必須なPEG10 機能に変化・応用されたといえます。これは、「獲得された新しい遺伝子が、オリジナルの機能の応用により新たな機能を獲得し、新しい組織(この場合は胎盤)の進化に貢献した」ことを示した貴重な例だと考えられます。

<兄弟遺伝子との協調作用と進化>
本研究グループはこれまでにPeg10 と同じレトロトランスポゾンもしくはレトロウイルスを起源とし真獣類のみが持つRtl1 遺伝子が、Peg10 と同様に胎盤内の胎児毛細血管の維持に必須であることを明らかにしています。RTL1はこの胎児毛細血管の内皮細胞で発現していますが、その一方でPEG10はその血管を取り囲む胚体外細胞であるトロフォブラスト細胞で発現しています。トロフォブラスト細胞は胎盤にだけ存在する、いわば胎生の哺乳類だけに存在する細胞です。このことは、この構造の維持には、同じレトロトランスポゾン・ウイルスを起源とするPeg10 とRtl1 がそれぞれ胚体外細胞と胎児性細胞といった異なる細胞で協調してはたらく必要があることを示すと同時に、兄弟遺伝子ともいえるPEG10 とRTL1 両遺伝子の獲得が、真獣類の胎盤構造と機能の進化において重要な原動力となったことを示唆しています(図3)。

【今後の展開】
本研究では、PEG10 遺伝子の胎盤における新たな機能を発見することができましたが、本研究グループはすでに胎盤だけでなく胎児組織においても重要な機能があることを示唆するデータを得ています。哺乳類が胎生という発生システムを獲得・進化させた過程では、胎盤機能に限らずあらゆる機能を同時に獲得・発達させる必要があったはずです。そのような機能の獲得には、既存の遺伝子の機能を変化させるよりもPEG10のような新規の遺伝子を利用する方が生物にとって安全かつ効率が良いと考えられます。研究グループはRTL1と同様のPEG10 の兄弟遺伝子を他にも9個同定しており、PEG10を含むそれら遺伝子の一つひとつの機能だけでなく、胎盤におけるPEG10とRTL1のような複数の遺伝子による協調的な作用を包括的に調べることで、哺乳類の進化の謎に迫れるのではないかと期待しています。

【論文情報】
掲載誌:Development
タイトル:PEG10 viral aspartic protease domain is essential for the
maintenance of fetal capillary structure in the mouse placenta
著者名:Hirosuke Shiura, Ryuichi Ono, Saori Tachibana, Takashi Kohda,Tomoko Kaneko-Ishino*, Fumitoshi Ishino*(*責任著者)
公表日時:2021 年 9 月 24 日 午後 0 時(英国時間)
DOI:10.1242/dev.199564

【用語説明】
※1:プロテアーゼ
タンパク質を切断・分解する酵素の総称。PEG10 のもととなったレトロトランスポゾン・レトロウイルスは、この活性により自身のタンパクを切断し、機能を持った複数のタンパクを合成します。PEG10もこの活性を受け継いでおり、自身のタンパクを切断することができます。

※2:レトロトランスポゾン・レトロウイルス
レトロウイルスはRNAを遺伝子とするRNA型ウイルスの仲間で、RNAを鋳型にしてDNAを合成し、感染細胞のゲノムにDNAとして入り込む性質をもっています。この入り込んだ自身の遺伝情報から自身のコピー(新たなウイルス)を増殖・放出させて、それらが他の細胞へと感染して拡がっていきます。レトロトランスポゾンはこれと非常によく似た構造を持った遺伝因子ですが、細胞外に出て感染する能力はもたずに、ゲノム中に元の遺伝子を残しながらそのコピーが他の場所に入り込むため、ゲノム中に蓄積していくことが知られています。このようにして哺乳類の祖先のゲノムに入り込んだ遺伝因子が進化の過程でPEG10 遺伝子になったと考えられます。 

■問い合わせ先
東海大学 医学部
教授 金児-石野 知子(カネコ-イシノ トモコ)
TEL:0463-90-2039
E-mail:tkanekoi@is.icc.u-tokai.ac.jp

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