簡単な方法で超長期間N型特性と低熱伝導率を示すカーボンナノチューブ膜を開発 ~熱電発電などN型とP型カーボンナノチューブを用いる半導体デバイスの長寿命化・普及に活路~

2023年01月10日

東海大学[湘南校舎]工学部応用化学科の高尻雅之教授の研究グループは、カーボンナノチューブに陽性界面活性剤を添加して薄膜を作製することで、熱伝導率が低く、超長期間(2年以上)安定してN型特性を示すカーボンナノチューブ複合膜の開発に成功しました。この開発は、熱電発電をはじめとしたN型とP型カーボンナノチューブを使用した半導体デバイスの長寿命化・普及に大きく貢献できると期待されます。
この研究をまとめた論文が、2022年12月14日(水)にオンラインジャーナル『Scientific Reports』へ掲載されました。

■研究の概要
本研究グループは、洗剤や化粧品に含まれている陽性界面活性剤*1 (ジメチルジオクタデシルアンモニウムクロリド:DODMAC)を単層カーボンナノチューブ(CNT) *2,3に加えることで、2年以上大気中で安定してN型半導体*4特性を示すカーボンナノチューブ複合膜を開発しました。これを基に、オールカーボンナノチューブ熱電発電デバイス*5を作製し、長期間(160日間)の性能劣化のない発電に成功しました。
熱電発電デバイスとは、熱エネルギーを電気エネルギーに変換できるデバイスであり、具体的には熱電材料内で発生した温度差から電圧・電力を取り出します。通常の熱電発電デバイスは、P型半導体*6およびN型特性を示す2種の熱電材料を用いることで電圧・電力を効率的に取り出すことができます。【図1】
しかし、CNTを使って熱電発電デバイスを作製する場合、安定したN型CNTを作製することは非常に困難でした。これはCNTが空気中に含まれる酸素分子の影響によってP型になりやすい性質があるためです。このため、P型CNTと希少金属によるN型無機熱電材料*7の組み合わせやP型CNTのみを使用する方法が取られていました。【図2】今回、陽性界面活性剤を用いることでCNT表面をコーティングし、酸素分子の吸着を防ぐと同時にドーピング*8の効果により、N型の熱電性能を長期間安定することに成功しました。CNTのN型安定化は重要な研究課題であり、これまで多くのドーピング材料が試されてきました。本研究では、洗剤や化粧品に含まれている入手が容易な陽性界面活性剤を使用することでCNTのN型安定化を実現できました。本研究グループが達成した2年以上のN型特性の安定化は、研究代表者が調べた限りにおいて、世界最長の研究成果です。さらに、開発したN型CNT膜の熱伝導率は非常に低く、従来品の約1/10の値を達成しました。熱電発電デバイスでは熱伝導率が低い材料が適しているため、デバイスの性能向上に貢献できます。実証試験として、オールカーボンナノチューブで構成されたPN接合型の熱電発電デバイスを試作し、長期間(160日間)の性能劣化のない発電にも成功しています。
本研究で用いた手法は、持続的供給が可能であり、熱電発電デバイスとしての電力が得られることから、様々な用途でのInternet of Things(IoT)*9センサの独立電源としての応用が期待できます。また、N型CNTの長期安定化は熱電発電デバイスだけでなく、P型とN型CNTを使用する多くの半導体デバイス(例えば、ガスセンサや赤外センサなど)の開発にも繋がります。

■研究の背景
科学技術の進歩と共に日本の社会は急速に発展し人々が生活しやすい環境が築かれました。そして今後、さらなる社会発展を遂げていくうえで期待されるのがIoT技術です。IoTは膨大なセンサおよび機器にインターネットを繋げることで、情報交換および相互制御を可能とします。このIoTにより人々とモノがつながることで、これまでにはなかった新たな価値が生み出されると考えられます。
このIoT技術の発展には、膨大なセンサおよび配線不要な独立電源が欠かせません。その独立電源として、取り換えや充電が不要であることが望ましく、その候補の1つとなるのが熱電発電です。熱電発電は、P型熱電材料とN型熱電材料の2つの材料を介し、温度差を設けることで熱電材料内に電位差が生じ、電力を得ることができます【図1】。熱電発電デバイスをIoTの独立電源として使用するためには、①小型化が可能、②柔軟性を持つ、③低コスト材料で大量生産可能、④低温域で高性能――といった点が必要です。これらの要因を満たす熱電材料として、単層CNTが注目されています。
しかし、単層CNTをIoT電源として使用するためには課題があります。CNTは空気中ではP型熱電性能を示す材料です。デバイスを構成するにはN型熱電材料も必要となるため、N型のCNTを作製しなければなりません。しかし、空気中で長期的にN型熱電性能を示すCNTの作製は容易ではありません。
本研究グループは、CNTに陽性界面活性剤のDODMACを加えることで課題を克服した希少金属を用いない熱電発電デバイスを開発しました。
CNTに陽性界面活性剤としてDODMACを加えることで、DODMACのカチオン分子がCNTに吸着することでDODMACによるコーティングがされ、CNT表面の酸素分子の吸着を防ぎます。さらに、DODMACによるドーピングの効果により、DODMACからCNTへの電荷移動によりCNTがN型になります。この技術により、P型とN型CNTのみで熱電発電デバイスを構築することで、持続的な安定供給が可能な電源として可能であると考えました。

■研究内容
単層CNT粉末(SG-CNT:日本ゼオン)とDODMACの分散溶液をガラス基板上にドロップキャスト*10し、その後、熱処理をしました。熱処理温度を最適化することで、単層CNT膜は712日間、約-50 µV/KのN型のゼーベック係数*11が得られました【図3】。なお、電気伝導率の低下はCNT膜の本質的な性能劣化ではなく、繰り返し測定のための膜の損傷が原因であると考えれます。CNT熱電発電デバイスの作製においては、CNTとDODMACを水に分散させた溶液(N型膜作製用)とCNTをエタノールに分散させた溶液(P型膜作製用)の二種類を作製しました。作製した分散溶液を基板にフレキシブル性のあるポリイミド基板(サイズ:縦25mm、20 mm)上にそれぞれドロップキャストし大気中で乾燥させ熱処理をしました。熱処理後のCNT膜をN型とP型が交互になるように配線をしました。CNT熱電発電デバイスに温度差を作るために、N型とP型の接合部がヒーターと大気中に接触するように設置しました【図4】。N型CNT膜の面内方向熱伝導率は0.62 W/(m∙K)でした。本研究で得られたN型CNT膜の熱伝導率は、既に報告されているCNT膜の熱伝導率よりも非常に低い値となり、CNT膜内における温度勾配の形成を効果的に発生させることができます。
また、CNT熱電発電デバイスを作製してから14日目と160日目に出力電圧と最大電圧を測定しました。その結果、性能に劣化がないことが確認されました。本研究の実験において、最も高い性能を示したのは温度差:60℃の時であり、出力電圧:24 mVと最大電力:0.4 Wが得られました【図5】。この結果から、このCNT熱電発電デバイスは、長期間において、エネルギーハーベスティング*13が可能であることが示されました。

■本研究の意義と今後の展望
本研究グループが開発したDODMACを加えたN型CNT複合膜をはじめとするカーボン材料は、今後拡大する半導体市場によって不足の懸念のある希少金属とは異なり、持続的な安定供給が可能です。また、開発したN型CNTとP型CNTを組み合わせた熱電発電デバイスは、柔軟性を持つため、あらゆる場所でエネルギーハーベスティングが可能です。これにより、デジタル産業拡大に向け必要となるIoT用センサの独立電源を開発するための基盤となり得ると考えられます。
例えば、街中を管理するための空気、温度、混雑を管理するためのセンサや道の劣化を管理するセンサなど電池の交換が給電にコストがかかるところが挙げられます。ただし、本研究で得られた出力電圧・電力はIoTセンサの電源として使用するにはまだ不十分です。今後、作製条件の最適化、柔軟性を活用した最適な温度差が生じるデバイス構造で出力電圧・電力を向上させる予定です。さらに、将来的に人の体温との温度差を利用することで、服、時計や帽子といったウェアラブルセンサの電源としても期待できます。今後、カーボンナノチューブを用いた熱電発電デバイスのIoTセンサへの応用および用途はさらに広がっていくと考えられます。

【掲載論文】
雑誌名 : 『Scientific Reports』(2022年12月14日掲載)
タイトル : Ultra‑long air‑stability of n‑type carbon nanotube flms with low thermal conductivity and all‑carbon thermoelectric generators.
URL : https://www.nature.com/articles/s41598-022-26108-y

DOI : https://doi.org/10.1038/s41598-022-26108-y


【筆者】
安間有輝1、三浦克真1、永田將2、西剛史2、三宅修吾3、宮崎康次4、高尻雅之1,5*

1. 東海大学大学院工学研究科応用理化学専攻
2. 茨城大学理工学研究科物質科学工学領域
3. 神戸市立工業高等専門学校機械工学科
4. 九州工業大学工学部機械知能工学科
5. 東海大学工学部応用化学科
*責任著者

用語解説
*1 陽性界面活性剤 : 陽イオン性界面活性剤とも呼ばれ、水に溶けたとき陽イオンに電離する界面活性剤のこと。
*2 カーボンナノチューブ : 炭素原子のみで構成される直径がナノメートルサイズの円筒状の物質である。その構造はベンゼン環を平面上に全て隣り合うように広げたシートを円筒状に巻いた構造をしており、円筒一層のものが単層カーボンナノチューブ、数層で形成される構造のものを多層カーボンナノチューブと呼ぶ。
*3 単層カーボンナノチューブ : シートの巻き方により金属的と半導体的性質を持ち、単層カーボンナノチューブ合成では、金属型と半導体型の混合物となるが、分離して半導体的性質をもつ単層カーボンナノチューブのみ抽出することが可能である。単層カーボンナノチューブは機械的強度が極めて高く、柔軟性をもち、電気および熱の伝導性が極めて高いという特性がある。
*4 N型半導体: 電子の移動によって電流が流れる半導体。
*5 熱電発電デバイス : 基本的な熱電発電デバイスは、正孔が電荷となるP型半導体と、電子が電荷となるN型半導体の電極を介し、直列に接続する。接続部間に温度差を設けることで起電力が生じ、電流が流れるというゼーベック効果を利用した発電方法である。
*6 P型半導体 : 正孔の移動によって電流が流れる半導体。
*7 無機熱電材料(無機半導体) : シリコンなどの無機物からなる半導体。
*8 ドーピング:材料物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。 特に半導体で重要な操作で、不純物の添加によりP型やN型特性を制御するために用いる。
*9 Internet of Things(IoT) : モノのインターネットと呼ばれ、PCやスマートフォンなどの機器に限らず様々なモノがインターネットに接続することで、情報交換、相互制御を行う技術である。IoTの普及により、遠隔での計測・制御およびモノ同士での通信が可能になるため、様々な分野での活用が期待される。
*10 ドロップキャスト : 成膜方法の一つであり、制御された基板サイズに対して溶液を滴下し、溶媒が蒸発することで成膜する。
*11 ゼーベック係数:温度差1Kあたりに生じる電圧である。金属試料か半導体試料の一方に加熱、他方を冷却すると試料の両端に温度差ΔTが生じ、温度差ΔTに比例した電圧ΔVが得られる。この効果はゼーベック効果と呼ばれ、温度差ΔTと電圧ΔVの比例係数をゼーベック係数という。
*12 エネルギーハーベスティング : 周りの環境から微小なエネルギーを収穫し、電量に変換する技術である。光、熱(温度差)、振動、電波など環境中に存在するエネルギーを電力に変換可能であり、IoTにおける電源確保の技術として必要な技術である。

■謝辞
本研究は東海大学総合機構「プロジェクトクト研究」の支援を受け、実施しました。また、単層CNTおよび実験機材を試供して頂いた日本ゼオン株式会社に深く感謝の意を表します。

<本件に関するお問い合わせ>
東海大学広報担当 担当:喜友名浩史
TEL. 0463-63-4670(直通)

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