世界最高水準のN型熱電特性と高温耐久性を兼ね備えた カーボンナノチューブ膜を低コストで開発 ~IoT社会を支えるワイヤレスセンサやウェアラブルセンサの独立電源の開発に期待~

2025年02月19日

 東海大学[湘南キャンパス]工学部応用化学科の高尻雅之教授の研究グループは、カーボンナノチューブ(CNT)に高濃度の陽性界面活性剤を添加して薄膜を作製することで、世界最高水準のN型熱電特性と高温耐久性を兼ね備えたカーボンナノチューブ膜を低コストで開発に成功しました。

 この開発は、熱電発電や赤外線センサをはじめとしたN型とP型カーボンナノチューブを使用した半導体デバイスを高性能化・長寿命化させることができ、幅広い温度環境での使用が可能なことから、IoT社会に必須のワイヤレスセンサやウェアラブルセンサの独立電源としての利用が期待されます。

 この研究成果をまとめた論文が、2025年2月10日に米国科学誌『Applied Physics Letters』のオンライン版に掲載されました。

<本件のポイント>

①  世界最高水準の熱電性能を持つN型(CNT)膜を低コストで開発

(熱電材料の性能を表す無次元性能指数ZT1.0 × 10-2 従来の約6

②  従来のNCNT膜と比較して約2倍の高温耐久性

③  開発したCNT構成のフレキシブル熱電発電デバイスで80 Kの温度差で24 mVの出力電圧を計測

研究の概要

 本研究グループはN型の半導体特性を持つ単層カーボンナノチューブ(SWCNT) *1,2を作製するために、ドーピング剤*3に陽性界面活性剤*4 の一種であるジメチルジオクタデシルアンモニウムクロリド(DODMAC) *5を使用しました。純水にSWCNTとDODMACを加えてSWCNTインクを作製する際、DODMACの濃度を飽和濃度付近まで高めた状態で作製したSWCNT膜は世界最高水準のN型熱電性能を持つことが明らかになりました。

 一般に、熱電材料における性能とは無次元性能指数*6を示し、本研究で得られた無次元性能指数は1.0×10-2です。熱電性能が大きく向上した要因は、SWCNT膜の熱伝導率が従来品(2022年に本研究グルーブが開発)*7と比較して約1/4にまで低下したためです。さらに、室温から150℃までの熱サイクル試験*8では、従来品と比較して約2倍の耐久性を示しました。なお、従来品は室温付近において2年以上の超長期間のN型安定性を実現しており、今回の研究成果では、室温付近でのN型安定性に加え、高温領域においても優れた耐久性を有することが示されました。

 これを基に、全てカーボンナノチューブで構成したPN接合型フレキシブル熱電発電デバイス*9を作製し、発電に成功しました。温度差80 K(高温側温度:130℃)において、出力電力24 mV、出力電力0.9 mWが得られました。

 今後、デバイスの構造を最適化することで、さらにデバイス性能を高められます。本研究成果は、熱電発電デバイスだけでなく、N型とP型カーボンナノチューブを使用した半導体デバイス(例:赤外線センサ*10やテラヘルツ波パワーセンサー*11)にも応用可能です。また、デバイスの高性能化・長寿命化に加え、幅広い温度環境での使用が可能であることから、IoT (Internet of Things) *12社会に必須のワイヤレスセンサ(例:温度センサやウェアラブルセンサ*13など)の独立電源としての利用に期待されます。

 

研究の背景

カーボンナノチューブ1.png

【図1】熱電発電デバイスの構造

 IoT技術は膨大なセンサおよび機器をインターネットに接続することで、情報交換および相互制御を可能にします。この技術により、人々とモノがつながり、これまでにはなかい新たな価値が創出されると考えられます。IoT技術の発展には、膨大なセンサおよび配線不要な独立電源が不可欠です。その独立電源として、取り換えや充電が不要なものが望ましく、有力な候補の1つが熱電発電デバイスです。

熱電発電デバイスとは、熱エネルギーを電気エネルギーに変換できるデバイスであり、具体的には熱電材料内で発生した温度差から電圧・電力を取り出します。通常の熱電発電デバイスは、P型半導体*14およびN型半導体*15の2種の熱電材料を用いることで出力電圧・電力を高めることができます【図1】。熱電発電デバイスをIoTセンサ用の独立電源として使用するためには、①小型化②柔軟性③低コスト材料で大量生産④室温付近で高性能――といった点が必要です。

 

 【図2】SWCNTの構造.pngこれらの要因を満たす熱電材料として、SWCNTが注目されています。SWCNTはグラフェンという炭素原子のみで構成されるハニカム構造のシートが円筒状に丸まったものです【図2】。SWCNTの特性に金属型と半導体型があり、熱電発電デバイスに使用するのは半導体的性質を持つSWCNTです。

SWCNT膜を用いた熱電発電デバイスを作製する場合、高い熱電性能と耐久性を持つP型SWCNT膜を作製するのは比較的容易です。しかし、N型SWCNT膜の場合、高い熱電性能を得ることが難しいことと空気中に含まれる酸素分子の影響によってN型からP型に変化しやすく、長期間安定してN型特性を保持することが極めて困難です。さらに高温領域や高温と低温の温度変動が大きい環境では、N型からP型への変化が加速されます。そのため、高い熱電性能と高温での耐久性に優れたN型SWCNT膜の開発は喫緊の課題となっていました。

 

■研究内容

 N型の半導体特性を持つSWCNT膜を作製するため、純水にSWCNT粉末(SG-CNT:日本ゼオン)とDODMACを加え、SWCNTインクを作製しました。インク作製時には、DODMACとSWCNT粉末の比率(DODMAC/SWCNT)を10-3から80倍まで変化させました。なお、比率は80倍で飽和濃度に達し、それ以上DODMACを添加しても沈殿することを確認しました。SWCNT膜は上記のインクを用いて真空ろ過法により作製し、水分を蒸発させるために150℃で熱処理を行いました。

カーボンナノチューブ3.png

【図3】本研究の主な実験結果 (a)無次元性能指数、(b)熱サイクル試験(室温⇔150℃、(c)室温におけるN型安定性(推定)

*従来品:本研究グループが2022年に発表したNSWCNT膜(Amma et al. Sci. Rep. 12 (2022) 21603


 本研究の主な実験結果を【図3】に示します。室温付近でSWCNT膜の熱電特性を測定した結果、DODMAC/SWCNT比が0.1以上にするとN型特性を示すことが分かりました。さらに、DODMAC/SWCNT比を飽和濃度付近(80倍)まで高めると、無次元指数ZTが1.0×10-2に達しました。この数値は本研究グルーブが調べでは、世界最高値と並ぶものであり、従来品(2022年に本研究グループが開発)の約6倍になりました。このように高いZTが得られた主な要因は、熱伝導率が従来品の約1/4にまで低下したためです(0.15 W/(m∙K))。

 さらに、室温から150℃までの熱サイクル試験では、従来品の約2倍の耐久性を示しました。従来品は、室温付近で2年以上の超長期間のN型安定性を実現していましたが、今回の研究成果では、室温付近での超長期N型安定性に加え、高温領域においても耐久性を持つことが確認されました。

カーボンナノチューブ4.png

【図4】オールカーボンナノチューブPN接合型フレキシブル熱電発電デバイス

 この研究成果を基に、全てカーボンナノチューブで構成したPN接合型フレキシブル熱電発電デバイスを作製しました【図4】。P型SWCNT膜はSWCNT粉末とエタノールを使用したインクで作製し、N型SWCNT膜はZTが1.0×10-2を示した膜を使用しました。PN接合の対数は4対とし、それらをポリイミドシートに貼り付けました。デバイスの性能を評価したところ、温度差80 K(高温側温度:130℃)で出力電力24 mV、出力電力0.9 mWが得られました。今後、デバイスの対数や膜厚の最適化によりデバイス性能はさらに高まります。

本研究の意義と今後の展望

 開発したN型SWCNTとP型SWCNTを組み合わせた熱電発電デバイスは、柔軟性を持つため、あらゆる場所でエネルギーハーベスティング*16が可能です。これにより、デジタル産業拡大に向け必要となるIoT用センサの独立電源を開発するための基盤となり得ると期待されます。例えば、街中を管理するための空気、温度、混雑を管理するためのセンサや道の劣化を管理するセンサなど電池の交換が給電にコストが掛かる分野が挙げられます。

 ただし、本研究で得られた高温耐久性はIoTセンサの電源として使用するにはまだ不十分です。今後、SWCNTインクの改良により、熱耐久性を向上させる予定です。さらに、将来は人の体温との温度差を利用することで、服、時計や帽子といったウェアラブルセンサの電源としても期待できます。本研究グループが開発したN型SWCNT膜はSWCNTの中では比較的安価なSG-CNTと入手が容易で安価な界面活性剤DODMACのみを使用し、簡便な成膜方法を採用していることから、3分の1ほどの低コストでの開発が可能です。今後、CNTを用いた半導体デバイスの応用および用途の拡大に貢献できると考えています。

【掲載論文】

雑誌名

Applied Physics Letters(2025年2月10日掲載)

タイトル

High thermal durability and thermoelectric performance with ultra-low thermal conductivity in n-type single-walled carbon nanotube films by controlling dopant concentration with cationic surfactant.

URL

https://doi.org/10.1063/5.0252016

DOI

10.1063/5.0252016

 

【筆者】

山本久敏1、雨澤拓也1、岡野祐太朗1、星野光稀1、落合秀弥2、須永健斗1、三宅修吾3、高尻雅之1,2,4*

 

  1. 東海大学大学院工学研究科応用理化学専攻
  2. 東海大学工学部材料科学科
  3. 摂南大学理工部機械工学科
  4. 東海大学工学部応用化学科

*責任著者

 

用語解説

*1 カーボンナノチューブ: 炭素原子のみで構成される直径がナノメートルサイズの円筒状の物質。その構造はベンゼン環を平面上に全て隣り合うように広げたシートを円筒状に巻いた構造をしており、円筒一層のものが単層カーボンナノチューブ、数層で形成される構造のものを多層カーボンナノチューブと呼ぶ。

*2 単層カーボンナノチューブ: シートの巻き方により金属的と半導体的性質を持ち、単層カーボンナノチューブ合成では、金属型と半導体型の混合物となるが、分離して半導体的性質をもつ単層カーボンナノチューブのみ抽出することが可能である。単層カーボンナノチューブは機械的強度が極めて高く、柔軟性をもち、電気および熱の伝導性が極めて高いという特性がある。

*3 ドーピング剤: 材料物性を変化させるために少量の不純物を添加すること。 特に半導体で重要な操作で、不純物の添加によりP型やN型特性を制御するために用いる。

*4 陽性界面活性剤: 陽イオン性界面活性剤とも呼ばれ、水に溶けたとき陽イオンに電離する界面活性剤。

*5 ジメチルジオクタデシルアンモニウムクロリド(DODMAC) 陽イオン性界面活性剤であり、一般に柔軟仕上げ剤原料、化粧品原料に使用される。分子式は(C18H37)2N(CH3)2Cl

*6 無次元性能指数 ZT 熱電材料の性能を示す第一の指標であり、ZT = sS2T/kで表される。sは電気伝導率、Sはゼーベック係数、Tは絶対温度、kは熱伝導率である。

*7 従来品: 2022年に本研究グルーブが開発したNSWCNT膜であり、以下の科学雑誌に掲載されたものである(Amma et al. Sci. Rep. 12 (2022) 21603)。

*8 熱サイクル試験: 半導体デバイスの信頼性試験の1種であり、外部環境や自己発熱により実際の過酷な使用環境を想定して、急激かつ極端な温度変化を与え、膨張と収縮のストレスを繰り返すことで製品の寿命やはがれ、亀裂、などの疲労的欠陥の発見を検証する試験である。

*9 熱電発電デバイス: 基本的な熱電発電デバイスは、正孔が電荷となるP型半導体と、電子が電荷となるN型半導体の電極を介し、直列に接続する。接続部間に温度差を設けることで起電力が生じ、電流が流れるというゼーベック効果を利用した発電方法。

*10 赤外線センサ: 赤外領域の光を受光し電気信号に変換して、必要な情報を取り出して応用する技術。

*11 テラヘルツ波パワーセンター: テラヘルツ波は周波数がおおむね100ギガヘルツ(GHz)から10テラヘルツ(THz)の電磁波。近年の技術革新により発生や検出が可能となったため、その応用研究が進められており、超高速無線通信、空港におけるセキュリティー検査、医薬品や工業材料の成分分析、文化財保護などの分野での利用が期待されている。

*12 Internet of ThingsIoT モノのインターネットと呼ばれ、PCやスマートフォンなどの機器に限らず様々なモノがインターネットに接続することで、情報交換、相互制御を行う技術。IoTの普及により、遠隔での計測・制御およびモノ同士での通信が可能になるため、様々な分野での活用が期待される。

*13 ウェアラブルセンサ: 搭載されたセンサを使用してユーザーの生体情報をリアルタイムで計測し、健康状態やフィットネスの進捗を把握するセンサ。

*14 P型半導体: 正孔の移動によって電流が流れる半導体。

*15 N型半導体: 電子の移動によって電流が流れる半導体。

*16 エネルギーハーベスティング: 周りの環境から微小なエネルギーを収穫し、電力に変換する技術。光、熱(温度差)、振動、電波など環境中に存在するエネルギーを電力に変換可能であり、IoTにおける電源確保の技術として必要な技術である。

 

■謝辞

 本研究は東海大学総合研究機構「プロジェクトクト研究」の支援を受け、実施しました。また、SWCNT粉末および実験機材を試供して頂いた日本ゼオン株式会社に深く感謝の意を表します。

<本件に関するお問い合わせ>

東海大学 学長室広報担当:喜友名(きゆな)、林

 TEL.0463-63-4670(直通) E-mail:upr@tokai.ac.jp

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