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非病原性アメーバ(Entamoeba dispar)の腸管感染モデル確立 新しい角度からの赤痢アメーバ症における腸管免疫応答の理解に期待
2026年08月07日
【研究成果のポイント】
- 国内での感染例がまれな非病原性アメーバ(Entamoeba dispar)について、国内で初めて臨床分離株(NA442株)の分離・樹立に成功しました。
- 非病原性アメーバが病原性を示さないメカニズムはこれまで十分に解析されていませんでした。そこで、マウス感染モデルを構築し、赤痢アメーバ症の原因となる病原性アメーバ(Entamoeba histolytica)と非病原性アメーバ(Entamoeba dispar)に対する宿主免疫応答の違いを初めて明らかにしました。
- 病原性アメーバと非病原性アメーバを比較することで、赤痢アメーバ症の発症メカニズムの理解が深まるとともに、新たな治療法の開発につながることが期待されます。

【概要】
国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 中野由美子 主任研究員、泉山信司 主任研究員、小林正規 博士らは、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター 川島亮 常勤医師、東海大学 渡辺恒二 教授、東京大学 菅谷哲郎 博士、津久井久美子 准教授との共同研究により、ヒトに寄生する非病原性アメーバ(Entamoeba dispar)の宿主免疫応答を評価することに成功しました。
赤痢アメーバ症は病原性を有する赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)の感染によって引き起こされる寄生性原虫感染症です。熱帯・亜熱帯地域を中心に多くの患者が報告されているほか、日本でも年間約1,000例が報告されており、国内で最も多く報告される寄生虫による感染症です。一方、赤痢アメーバと形態が似ているが病気を起こさない非病原種Entamoeba disparは、欧米をはじめ世界各地で広く分布していることが報告されています。しかし、分離や培養が難しいことから、E. disparに対する宿主免疫応答については、これまで十分に解析されていませんでした。
今回、国立国際医療センターで研究参加者から採取された検体から、国立感染症研究所でアメーバ株を分離・樹立したところE. disparであることが分かりました。さらに、このE. dispar株を用いてマウス盲腸感染モデルを構築し、E. disparは宿主免疫応答の初期反応のみを誘導することを明らかにしました。
本研究により、これまで解析が困難であった病原性の異なるアメーバに対する宿主免疫応答を比較・解析できる研究基盤を確立しました。この研究基盤を活用することで、E. disparによる非病原性感染で誘導される腸管免疫応答や、それに関与するアメーバ側の分子を明らかにできると期待されます。これらの知見は、赤痢アメーバ症における腸管病態形成の理解を深めるとともに、新たな予防法や治療法の開発に貢献することが期待されます。
【研究の背景】
赤痢アメーバ症は、赤痢アメーバの嚢子(シスト)に汚染された水や食品を口にすることで感染します。体内に取り込まれたシストは腸内で脱囊し、栄養体となった赤痢アメーバは主に大腸に定着して大腸炎を引き起こします。また、腸上皮に侵入した赤痢アメーバが血流を介して肝臓に転移すると、肝膿瘍を引き起こすことがあります。主な症状は下痢や血便などですが、重症化すると命にかかわることがあります。一方で、感染者のうち実際に発症するのは2割にとどまり、腸炎のみを発症する場合や肝膿瘍を生じる場合など、症状や重症度には大きな幅があります(図1)。しかし、このような発症や病態の違いが生じる仕組みは、いまだ十分に解明されていません。

図1:赤痢アメーバ感染(青線)による多様な病態と、無症状のEntamoeba dispar 感染(赤線)。赤痢アメーバに感染した人の約8割は無症状であり、約2割が発症するとされる。発症例の約9割が腸管内アメーバ症を呈し、約1割は腸管外アメーバ症を発症する。その代表的な病態がアメーバ性肝膿瘍である。一方で、E. disparに感染した人は無症状である。赤痢アメーバ感染者ならびにE. dispar感染者は、周囲への感染源となるシストを糞便とともに排出する。
一方、赤痢アメーバと形態的に非常に良く似ているものの、病気を引き起こさないアメーバの存在は古くから知られており、1990年代にEntamoeba disparとして独立した種であることが明らかになりました。しかし、国内での感染例は非常に少なく、分離や培養も容易ではないことから、E. disparの病原性や宿主との相互作用に関する研究は、国内だけでなく世界的にも限られていました。また、病原性を示さないE. disparは、腸管における免疫応答は無い可能性が考えられてきました。しかし、E. disparの腸管感染モデルが存在しなかったため、その違いを直接評価することはできず、病原性の有無を規定する仕組みの解明は進んでいませんでした。
本研究では、国内で初めてE. disparの臨床分離株の樹立に成功するとともに、動物モデルを用いてE. disparに対する腸管免疫応答を解析しました。まず、同意を得た研究参加者の糞便を検査したところ(注1)、海外渡航歴がなく無症状であった参加者の糞便中に、赤痢アメーバによく似たシストを顕微鏡で確認しました。同時に観察された栄養体は、通常、直径30 µm程度である赤痢アメーバよりも小型でした。そこで、リボソーマルRNA遺伝子の配列を解析した結果、過去にイギリスで分離されE. dispar で唯一ゲノム配列が決定されているSAW760株と同一であることが分かりました(図2)。私たちは、この日本由来分離株をNA442株と命名しました。これまでに報告されているE. dispar株の多くは、赤痢アメーバのような純粋培養ができず、腸内細菌と共培養によってのみ維持されていました。しかし、多種類の細菌との共培養は、E. disparの性質を解析するうえで大きな障害でした。今回、E. dispar NA442株を、環境中に広く分布する非病原性グラム陰性細菌Pseudomonas putidaのみと共培養することで、安定した培養に成功しました。このことは、NA442株がこれまで樹立されてきたE. dispar 株と同様に赤痢アメーバと異なる代謝特性を持ち、一部の代謝経路を失っている可能性があることや、腸内細菌との共生に適応して進化してきた可能性を示唆しました。

図2:E. dispar NA442株の形態および系統解析。E. dispar NA442株のシストおよび栄養体(左)。シスト内部にはEntamoeba 属に特徴的な4本の棒状クロマトイド小体(矢印)が観察される。遺伝子情報が登録されている20種のEntamoeba 属とNA442株のrRNA遺伝子配列に基づいて作成した系統樹(右)。
これまで、E. dispar 培養株は、赤痢アメーバによる大腸炎モデルで使用される近交系CBAマウスやC3Hマウスの盲腸に感染させても、定着しないことが報告されていました(注2)。そこで、本研究では、感染に対する炎症応答が比較的弱い近交系C57BL/6NcrSlcマウスの盲腸にE. dispar NA442株を接種したところ、感染後7日目までの定着率は赤痢アメーバとE. disparとの間で相違が無いものの、E. disparは最長2週間にわたって感染が持続することを明らかにしました(図3)。よってE. dispar の宿主免疫応答
を解析するための動物モデルを確立しました。

図3:赤痢アメーバとE. disparのC57BL/6NcrSlcマウス盲腸への定着期間。E. disparは赤痢アメーバよりも腸管への定着期間が短い。
まず、マウスの腸管感染モデルを用いて、腸管炎症の指標ペプチドであるリポカリン2の糞便中の量を測定しました。赤痢アメーバを2つの異なる接種量でマウスの盲腸に接種したところ、リポカリン2は感染1日目から3日目にかけて増加し、その後低下しました(図4)。一方、E. disparを同数のアメーバで接種したところ、赤痢アメーバほど高い値ではないものの、リポカリン2の増加が認められました。また、E. disparと共培養している細菌のみを接種した場合にはリポカリン2は検出できなかったことから、この応答はE. disparの感染によって誘導されることが明らかになりました。
感染1週間後の感染マウスの盲腸組織切片を観察したところ、赤痢アメーバ群では粘膜固有層および粘膜下層の肥厚が最も顕著に認められました。一方、E. dispar感染群では、赤痢アメーバ感染群ほどでなないものの、対照群(共培養細菌接種群)と比較して粘膜層の肥厚が認められました(図4)。これらの結果から、E. dispar感染でも弱いながら宿主の腸管粘膜において免疫応答が誘導されていることが明らかになりました。

図4:マウス盲腸感染モデルにおける初期免疫応答。感染後6日間にわたるマウス糞便中のリポカリン量(左)。感染1週間後のマウス盲腸組織のPAS染色像(右、注3)。E. dispar(矢頭)および赤痢アメーバ(矢印)の栄養体が観察される。
最後に、E. disparが誘導する免疫応答が炎症反応へ進展するかを調べるため、感染マウスの盲腸組織における炎症性関連因子を解析しました。炎症の指標として、マウスにおけるヒトインターフェロン8(IL-8)の機能的ホモログであるCXCL1と、好中球浸潤の指標であるミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性を測定しました。その結果、E. dispar接種群では、CXCL1量とMPO活性は陰性対照群との間に有意な差は認められず、明らかな炎症反応は誘導されないことが分かりました(図5)。これらの結果から、E. disparはヒトの腸管に定着しても強い炎症反応を引き起こさずに排除される可能性が示されました。このことは、E. disparに感染していた研究参加者が無症状であったこととも一致する結果です。

図5:E. dispar感染では炎症性サイトカイン応答は誘導されない。感染24時間後のマウス盲腸組織において、炎症反応の指標であるCXCL1 (C-X-Cモチーフケモカイン1)(左)およびミエロペルオキシダーゼ(MPO)(右)活性を測定した。陰性対照群と比較して有意な増加が認められたのは、赤痢アメーバ感染群のみであった。
本研究により、E. disparがなぜ宿主に対して病原性を示さないのか、その仕組みの理解が進むことが期待されます。現在、E. dispar NA442株の全ゲノム解析を進めており、すでにゲノム配列が報告されている欧米由来のSAW760株との共通性や、赤痢アメーバとの相違を明らかにすることで、赤痢アメーバの病原性に関わる分子の同定や、新たな治療法、予防法の標的分子の発見につながるとことが期待されます。本研究は、8月7日午前3時(英国夏時間8月6日19時)に査読付きオープンアクセス学術誌「PLoS Neglected Tropical Diseases」に掲載されました。
【発表者・研究者等情報】
国立健康危機管理研究機構
国立感染症研究所 寄生動物部
中野 由美子(主任研究員)、泉山 信司(主任研究員)、小林 正規(非常勤職員)
国立健康危機管理研究機構
国立国際医療センター エイズ治療・研究開発センター
川島 亮(常勤医師)
学校法人東海大学
医学部 基礎医学系生体防御学領域 寄生虫分野
渡辺 恒二(教授)
東京大学
大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野
津久井 久美子(准教授)、菅谷 哲郎(客員研究員)
【論文情報】
雑誌名:PLoS Neglected Tropical Diseases
題 名:Evaluation of intestinal immune responses to Entamoeba dispar using the first domestic clinical isolate in Japan
著者名:Yumiko Saito-Nakano, Akira Kawashima, Seiki Kobayashi, Koji Watanabe, Tetsuro Kawano-Sugaya, Shinji Izumiyama, Kumiko Nakada-Tsukui¶
¶:責任著者
〈DOI〉10.1371/journal.pntd.0014507
〈URL〉https://journals.plos.org/plosntds/article?id=10.1371/journal.pntd.0014507
【研究助成】
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)25fk0108683、JP25fk0108680、25jk0210050、科学技術振興機構助成金JPMJCR23B5、科学技術振興機構JP21KK0139、NCGM 国際医療研究開発費23A2017、日本化学療法学会 臨床研究支援助成の支援により実施されました。
【用語解説】
注1 解析したサンプル:
川島亮 常勤医師(国立健康危機管理研究機構 国立国際医療センター)、渡辺恒二 教授(東海大学、前任 国立国際医療センター)、中野由美子 主任研究官(国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所)、津久井久美子 准教授(東京大学、前任 国立感染症研究所)らが中心となり、国内で赤痢アメーバの感染が疑われる患者さんから提供された糞便検体を用いて、赤痢アメーバの臨床分離と薬剤感受性調査を行っている。本研究は、国立健康危機管理研究機構 倫理審査委員会の承認を得て実施された。
注2 マウス大腸炎モデル:
CBAマウスやC3Hマウスは赤痢アメーバに対して感受性を示し、腸炎を発症しやすいことから、実験的腸管感染モデルとして広く用いられてきた。実験では、十分な麻酔と適切な術後管理のもとで、目的の部位へ栄養体を投与する処置を行い、動物への負担を最小限に抑えるよう配慮しながら実施した。赤痢アメーバの定着は、マウスの糞便を採取し、糞便中に含まれる赤痢アメーバ由来の遺伝子や、炎症関連ペプチドを測定することで評価できるため、生体への侵襲を伴わない方法で経時的に確認することが可能である。今回使用したC57BL/6NcrSlc亜系統マウスは炎症応答が弱まっていることが報告され、E. disparの腸管への定着に適していた。なお、いずれのマウス系統においても、盲腸内に赤痢アメーバまたはE. disparを感染させてもシストは形成されないため、ヒトへの感染源となるシスト形成機構の解明には、現在のマウスモデルでは限界がある。なお、本研究は国立健康危機管理研究機構 動物実験委員会の承認のもとで実施した。
注3 PAS(Periodic acid-Schiff stain)染色像:
一般の病理検査では粘膜固有層の炎症反応を観察するためにHE(Hematoxylin-Eosin stain)染色が用いられるが、炎症性細胞とアメーバ栄養体の判別が困難である。その際には、PAS染色ではアメーバ栄養体が濃染されるため、組織中の栄養体を容易に判別することが可能である。
【問い合わせ先】
《研究に関すること》
国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 寄生動物部
氏名 中野 由美子
東京大学 大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野
氏名 津久井 久美子
《取材に関すること》
国立健康危機管理研究機構 危機管理・運営局 広報管理部
Tel:03-3202-7181 E-mail:press@jihs.go.jp
東海大学 医学部付属病院 事務部事務課広報
Tel:0463-90-2001 FAX:0463-94-7785
E-mail:prtokai@tokai.ac.jp
東京大学 大学院医学系研究科 総務チーム
Tel:03-5841-3304 E-mail:ishomu@m.u-tokyo.ac.jp

