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新たなO-型糖鎖修飾の発見 細胞運命を決定するNotchシグナル制御の新たな制御機構を解明
2026年08月25日
静岡県立大学薬学部生化学分野の竹内英之教授、塚本庸平助教、名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞化学の岡島徹也教授、東海大学医学部医学科基礎医学生体防御学の細川裕之准教授、鎌裕一助教らの研究グループは他三機関との共同研究により、細胞の発生、分化に重要な Notch 受容体上に新たな糖鎖修飾を発見し、その新奇糖鎖修飾がNotch1シグナルを抑制することを見出しました。本研究成果は2025年10月28日刊行の「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」第122巻43号に掲載されました。
Notchシグナルは多細胞生物の分化、発生に重要な役割を果たすシグナル伝達経路です。このNotchシグナルは細胞の表面に存在する巨大な受容体タンパク質NOTCHに、他の細胞の表面に存在するリガンドタンパク質が結合することで開始され、最終的に遺伝子発現を変化させることで細胞内にシグナルを伝達します。この受容体の機能不全は多くの先天性疾患や癌を引き起こします。Notch受容体の適切な機能発揮には、Notch受容体の細胞外領域にグルコースやフコースといった糖が付加する、O-型糖鎖修飾が必要です。しかしながら、このO-型糖鎖修飾がどのようにNotch受容体機能を制御しているかは明らかになっていない部分が多くあります。本研究では、液体クロマトグラフィ質量分析法(LC-MS)による最新の解析手法などを用いて、Notch受容体上にこれまでに知られていない糖鎖修飾を発見し、その機能を明らかにしました。
【掲載論文】
Tsukamoto Y, Aoki K, Kama Y, Hosokawa H, Saiki W, Tsukamoto N, Kato K, Hosokawa Y, Sato R, Uesugi N, Fujita Y, Fukazawa K, Funada D, Suzuki F, Kurebayashi Y, Urata Y, Uchiyama S, Wang W, Minami A, Takahashi T, Tiemeyer M, Narimatsu Y, Okajima T, Takeuchi H.
Differential O-glucose elongation on a specific EGF repeat within the canonical ligand-binding domain regulates DLL1/4-NOTCH1 signaling.
Proc Natl Acad Sci USA. 2025 Oct 28;122(43):e2504827122.
DOI:10.1073/pnas.2504827122 Epub 2025 Oct 23.
PMID:41129232; PMCID:PMC12582257.
【概要図】
NOTCH1のEGF10上にはアミノ酸配列に依存してキシロース伸長したO-グルコース糖鎖とガラクトース伸長したO-グルコース糖鎖が存在する。NOTCH1のリガンド結合とシグナル伝達をキシロース伸長は促進し、ガラクトース伸長は抑制する。(Tsukamoto et al. 2025, Proc Natl Acad Sci USA より一部改変)
【研究の概要】
Notch受容体は細胞外領域に、アミノ酸配列や立体構造の類似性から上皮増殖因子様(EGF)リピートと呼ばれる繰り返し構造を持っています。このEGFにコンセンサス配列と呼ばれる特定のアミノ酸配列がある場合、O-型糖鎖が糖転移酵素によって付加されます。O-グルコース (Glc) 糖鎖はEGFリピート中のC1XSX(P/A)C2 というアミノ酸配列の下線を付したセリン(S)残基に付加されます。EGFに付加されたO-グルコースはさらに別の糖によって伸長を受けます。これまでに知られていたのはキシロース(Xyl)と呼ばれる糖によって伸長した、S-Glc-Xyl-Xylという三糖構造でしたが、質量分析計を用いた解析によりガラクトース(Gal)とN-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)という糖で伸長したS-Glc-Gal-Neu5Acという新奇の構造を発見しました。この構造は糖脂質を修飾する糖鎖としてよく知られていましたが、糖タンパク質を修飾する糖鎖としては初めて発見されました。
これまでにO-グルコース糖鎖はNotch受容体を安定化させることで細胞内から細胞表面への輸送を促進することや、Notchシグナルを変化させることが知られています。Notch受容体にはO-グルコースの付加部位が多数あり、その修飾割合や伸長度には修飾部位に固有の性質があることが分かっています。これまでの研究では糖転移酵素遺伝子の欠損によりNotch受容体上のすべてのO-グルコースを欠損させた際のNotch受容体機能の変化を調べたものが多く、部位特異的な糖鎖修飾の変化によるNotch受容体機能の変化を調べた研究はあまりありませんでした。
新奇糖鎖修飾はNOTCH1の細胞外領域に存在する36個のEGFのうち、10番目のEGF(EGF10)にのみ存在することが質量分析の結果から見出されました。EGF10上のO-グルコースは従来から知られるキシロースによっても、新奇のガラクトースによっても伸長することが明らかになりました。また、糖転移酵素欠損細胞由来の糖鎖を解析することで、糖鎖の生合成に必要な糖転移酵素を同定しました。その結果O-グルコースに対してガラクトース伸長を担う糖転移酵素はBeta-1,4-galactosyltransferase1(B4GALT1)であり、ガラクトース伸長したO-グルコースに対してNeu5Ac伸長を担う糖転移酵素はBeta-galactoside alpha-2,3-sialyltransferase4 (ST3GAL4)であることが明らかになりました。これらの糖転移酵素は糖脂質上でGlc-Gal-Neu5Acの構造を生合成する酵素とは異なっており、同様の構造であっても糖タンパク質と糖脂質では生合成に関与する因子が異なることが明らかになりました。また、B4GALT1は N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)、あるいはグルコースにガラクトースを付加する酵素として知られていました。しかし、基本的にはGlcNAcを基質とし、グルコースを基質とするためには乳腺などに特異的に発現しているa-ラクトアルブミンが補因子として必要であるとされてきました。本研究では、a-ラクトアルブミンを発現しない細胞である HEK293T細胞において B4GALT1 依存的にO-グルコースのガラクトース伸長が引き起こされることを明らかにしました。また、O-グルコース付加を受けるEGFのアミノ酸配列比較からガラクトース伸長において重要なアミノ酸として396番目のアミノ酸であるアラニン(A396)を特定しました。この部位を芳香族アミノ酸であるチロシン(A396Y)やフェニルアラニン (A396F)に置換するとO-グルコース糖鎖のガラクトース伸長は消失することを明らかにしました。A396は、ほぼすべてのEGFに保存されている 6 つのシステインのうち、四つ目のシステインの二つ前の位置にあるアミノ酸です。これまでに、この部位には芳香族アミノ酸がよく保存されており、それがO-グルコース糖鎖の付加や伸長に重要であることが明らかになっていました。しかし、本研究により、芳香族アミノ酸でない場合O-グルコース糖鎖の付加が低下するだけでなく、伸長パターンが変化することを明らかにしました。
この新奇糖鎖修飾のNotchシグナルに対する影響も本研究では明らかにしています。A396 部位の変異体や糖転移酵素遺伝子欠損細胞、糖転移酵素遺伝子過剰発現細胞を用いて糖鎖修飾の異なるNotchタンパク質を用意し、糖鎖修飾の機能を調べました。NOTCH1の組換えタンパク質をリガンド発現細胞と結合させた結果、キシロース伸長がリガンド結合を促進し、ガラクトース伸長がリガンド結合を抑制しました。さらに、NOTCH1全長の組換えタンパク質を発現した細胞を、リガンドの組換えタンパク質によって刺激することで発生するNotch シグナルを測定しました。その結果、ガラクトース伸長を欠くA396YとA396Fの変異体では、変異の無い野生型NOTCH1に比べてシグナル伝達が増強されました。最後に、Notchシグナル依存的に T 細胞前駆細胞に分化することが知られている、マウスのリンパ球前駆細胞に、野生型NOTCH1、あるいは、A396YとA396Fの変異体NOTCH1を過剰発現し、リガンド発現細胞(OP9)と共培養することで分化させました。このリンパ球前駆細胞(Cas9-LPs)は B 細胞前駆細胞への分化に必要な EBF1遺伝子を欠損しており、Notchシグナル依存的にT細胞にのみ分化します。その結果、野生型NOTCH1を発現したリンパ球前駆細胞と比較して、ガラクトース伸長を欠く変異体を発現したリンパ球前駆細胞は非常に強くT細胞への分化が促されました。これらの結果を総合すると、NOTCH1とリガンドとの結合を、ガラクトース伸長は抑制し、キシロース伸長は促進します。その結果、ガラクトース伸長がない場合シグナル伝達が促進されます。この現象がリンパ球前駆細胞で起こった場合、増強されたNOTCH1シグナルの結果として、T細胞への分化が強く促進されることが示唆されました。
本研究では、タンパク質上には存在しないとされていた構造を発見し、その生体内での合成に関与する糖転移酵素を同定しました。また、特定の場所にしか見られない理由をタンパク質側の特徴から説明しました。さらに、たった一か所のアミノ酸の違いが糖鎖の構造を大きく変化させ、その結果多細胞生物にとって非常に重要なNotchシグナルを制御することを明らかにしました。この発見は糖鎖生物学分野の基礎研究として糖鎖修飾の多様性の概念を拡張するほか、生物学一般としてNotch受容体の制御機構の一端を解明したと考えられます。本研究で明らかにしたような、糖鎖修飾による詳細なNotchシグナルの制御が明らかになりつつあることから、今後、Notchシグナル制御のために糖鎖修飾をターゲットとする創薬研究に繋がっていく可能性が期待されます。
【用語解説】
Notch グナル
多細胞生物の細胞間シグナル伝達経路の一つ。細胞表面のNotch受容体と他の細胞のリガンドが直接結合することで引き起こされる。発生、分化、恒常性維持など非常に重要な役割を果たす。
リガンド
受容体と結合する物質のこと。受容体と完全に 1 対 1 で対応している場合もあれば、一つの受容体に対して複数のリガンドがある場合や複数の受容体に対して一つのリガンドがある場合もある。Notch受容体の主なリガンドとしてはDLL1、DLL4、JAGGED1、 JAGGED2などが知られている。
糖鎖修飾
「第三の生命鎖」と呼ばれる、生物の生存に非常に重要な物質。グルコースなどの糖分子がグリコシド結合によって連なり鎖状をなしたもの。タンパク質や脂質、近年では核酸にも付加することが明らかになっている。糖鎖修飾が付加すると、付加した分子の機能が調節されたり、新たな機能、特性が追加されたりする。
O-型糖鎖
糖鎖修飾のうち、特にタンパク質のセリンまたはスレオニン残基などのヒドロキシ基を介して結合するものを指す。
O-グルコース糖鎖
O-型糖鎖修飾のうち、タンパク質に付加したβ結合のグルコースをコアとするもののこと。血液凝固因子に最初に見出された。糖転移酵素POGLUT1により付加されるものと、POGLUT2 とPOGLUT3により付加されるものの2種類がある。どちらもEGF内の特定の配列を認識し付加される。POGLUT1により付加されるO-グルコース単糖は糖転移酵素GXYLT1とGXYLT2によりキシロースを付加され、そのキシロースにXXYLT1によってさらにキシロースが付加されることで、最大でXyl-Xyl-Glcの直鎖状の三糖構造をとる。
LC-MS
高速液体クロマトグラフィと質量分析計を接続した分析装置、およびそれにより物質を分析する手法のこと。溶液に溶かした物質を液体クロマトグラフィで分離し、質量分析装置でイオン化した後に質量を測定する。糖鎖生物学の分野では、抗体などの検出ツールの少ない糖鎖を直接的に分析する非常に有用なツールとして用いられている。
糖転移酵素
糖鎖修飾を実際に行う酵素群のこと。糖鎖修飾は糖転移酵素により、糖とヌクレオチドが結合した構造を有する糖ヌクレオチドを供与基質とし、タンパク質や脂質などといった受容基質に糖が転移されることで合成される。多くの糖転移酵素の活性中心は細胞内の小胞体やゴルジ装置の内腔に存在する。
HEK293T細胞
培養細胞株の一つ。ヒト胎児腎臓由来の細胞にシミアンウイルス40由来のT抗原が導入された細胞株。増殖が速く、遺伝子発現量とタンパク質発現量が高い。また、遺伝子導入の難易度も低いため実験でよく使用される。
リンパ球前駆細胞
哺乳類の血液内で主に免疫を担うリンパ球の前駆体となる細胞。細胞外からの刺激を受けてリンパ球へと分化する。特にNotchシグナル依存的にT細胞前駆へと分化し、初期B細胞因子 1(EBF1)依存的にB細胞前駆へと分化する。
【研究内容に関するお問い合わせ先】
〒422-8526 静岡県静岡市駿河区谷田52-1静岡県立大学薬学部 生化学分野
竹内英之(電話:054-264-5725)
塚本庸平(電話:054-264-5726)
〒259-1193 神奈川県伊勢原市下糟屋143
東海大学医学部医学科基礎医学系生体防御学領域
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