東海大学医学部教授 大塚正人らを中心とする研究グループ ゲノム編集マウスを簡便に作製できる手法「i-GONAD法」の実験手順を公開~有用な病態解析モデルマウス作製の簡便化を実現。難治性疾患の創薬研究などの加速に期待~

2019年07月29日

 東海大学医学部医学科基礎医学系 教授 大塚 正人、鹿児島大学大学院医歯学総合研究科遺伝子発現制御学 教授 佐藤 正宏を中心とした国内外の複数の大学・研究所の研究者による共同研究グループでは、既に開発・発表していた、受精卵を体外に取り出すことなく簡便にゲノム編集マウスを作製できる新たな手法「i-GONAD法」の詳細なプロトコル(実験手順)をこのほど論文にまとめ、7月24日(水)、英国の科学雑誌『Nature Protocols』(DOI: 10.1038/s41596-019-0187-x、URL: https://www.nature.com/articles/s41596-019-0187-x)に掲載されました。これは、その実験手法の有効性や重要性が認められたことを意味します。なお、本論文では、世界中で最も広く利用されている遺伝子改変マウス「C57BL/6系統(ⅰ)」で効率良くゲノム編集を行う条件の最適化も示しております。

 「i-GONAD法」は、マウスの体外に受精卵を取り出すことなく、妊娠メスマウスの卵管を介して中にある受精卵のゲノムを改変し、特定の遺伝子が改変されたマウスを作製することを可能にした手法です。本研究成果は2018年2月26日、オンラインジャーナル『Genome Biology』(DOI:10.1186/s13059-018-1400-x)にて掲載されました。

■今回の論文掲載で期待されること
「i-GONAD法」は、既に国内外の複数の研究グループや研究者に使用されており、再現性のある手法であることが確認されています。また論文発表以降、実験手法に関する多くの質問を受けており、国際学会のワークショップなどで、本手法のデモンストレーションも多数行っています。今回、詳細なプロトコル(実験手順)が公開されたことで、より多くの研究者が有用なモデルマウスを自分自身で簡便に作製できるようになります。さらに、本手法はマウスだけでなく、より胚操作が困難である他生物種への応用も期待されており、すでにラットでの応用例も報告されています。これらのことから、「i-GONAD法」の詳細なプロトコルの公開は医学生物学研究の発展につながるものであり、今後、各種生命現象の個体レベルでの解析、ヒト疾患発症の分子基盤の解明や病態解析、難治性疾患の創薬研究などの進展に貢献するものと期待されます。

■研究の背景について
遺伝子改変マウスは、個体レベルでの遺伝子機能解析実験や疾患モデル動物として使用される極めて重要な研究ツールの一つです。近年開発され、現在主流となっているCRISPRゲノム編集(ⅱ)技術を用いて遺伝子改変マウスを作出する場合、古くからのトランスジェニックマウス作製法である、受精卵への顕微注入法(極細のガラスピペットを用いて受精卵に溶液を直接注入する方法)が広く普及しています。この手法の場合、妊娠母体マウスの卵管から1細胞期受精卵を回収(採卵)し、これにゲノム編集試薬を顕微注入したものを偽妊娠マウスの卵管に移植するという一連の工程が必要となります。しかし、熟練した技術と高価な設備を必要とするため、誰もが自分で簡単に遺伝子改変マウスを作製できる環境にあるとは言えませんでした。また、顕微注入法を行わずに、回収した受精卵に電気穿孔処置(電気的なショックで細胞膜に微小な穴を開け、細胞外の核酸を細胞内部に導入する方法)を施すことでゲノム編集マウスを作製する手法も開発されていますが、それでもなお受精卵の回収と偽妊娠マウスへの移植といった、体外での受精卵の取り扱いステップを省くことはできませんでした。

■研究内容について
本研究グループでは、受精卵(着床前胚)を有する妊娠メスマウスの卵管内にゲノム編集試薬を注入し、直ちに卵管全体に対して電気穿孔法を行うことで、「顕微注入法」で必要とされる採卵、核酸の顕微注入、移植といった一連の工程を介することなく遺伝子改変マウスを作製することが可能と考え、その手法の開発と効率改善に取り組んできました。この手法は「Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery(GONAD)」法と命名されましたが、その後、実験を行う時間帯とゲノム編集試薬の最適化を図ることでその高効率化に成功し、現在は「improved GONAD (i-GONAD)法」と呼んでいます。様々な種類の遺伝子改変マウス(特定の遺伝子を破壊したノックアウトマウス、遺伝子に微細な変化を導入したマウス、外来遺伝子を挿入したノックインマウスなど)が「i-GONAD法」を用いて作製できます。さらに今回、標準的な系統として疾患モデルマウス作製に最も広く利用されているC57BL/6系統での「i-GONAD法」の最適化にも成功しました。
本論文では、マウス作製経験のない研究者でも「i-GONAD法」を試せるよう、初心者向けの実験系についても紹介し、また実験の各ステップに関して詳細な図や動画を公開しています。採卵や顕微注入、移植という一連の高度で煩雑な工程を全てスキップできるため、熟練した技術や装置を持たない研究者や学生個人レベルでも自分自身で病態解析モデルマウスを作製することが可能となり、これらの動物を用いた研究の加速化に大きく貢献するものと考えられます。


■用語解説
(i)C57BL/6
ヒト疾患モデルマウス等の遺伝子改変マウスの遺伝的背景として、最も一般的に用いられる近交系のマウス系統である。

(ⅱ)CRISPRゲノム編集法
細菌などが持つ適応免疫由来のシステム「CRISPR: clustered regularly interspaced short palindromic repeats」を応用した遺伝子改変技術。CRISPRの構成要素であるCas9 DNA切断酵素と、標的領域に相補的な配列を含む短いRNA(gRNAなど)を用いて、ゲノム上の任意の領域に二本鎖DNA切断を特異的に導入することができます。切断されたDNAは、細胞内に備わっているDNA修復系を用いて修復されようとしますが、その際に標的領域を自在に改変(削除、置換、挿入など)することが可能です。

■本件に関するお問い合わせ
東海大学医学部医学科基礎医学系 担当:大塚 正人
TEL.0463-93-1211(代表)
E-mail. masato@is.icc.u-tokai.ac.jp

一覧へ戻る