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【研究発表】 「ヒナコウモリ」の生態、DNA解析で新事実 津軽海峡が渡りの障壁に ~遺伝子解析で渡り生態と集団構造の一端を解明~
2025年06月26日
東海大学[札幌キャンパス]大学院生物学研究科の上山隼平(2023年度修了生)と生物学部生物学科の河合久仁子教授は、日本列島に広く生息するコウモリの一種「ヒナコウモリ」の移動生態をDNA解析から明らかにしました。本研究成果は日本動物学会の学術誌『Zoological Science』に42巻3号掲載予定で、2025年4月25日より早期公開されています。
<本研究のポイント> ① コウモリ類は自由に空を飛翔することができますが、日本列島のコウモリが、渡り鳥のように繁殖地と越冬地の間を季節的に移動しているかどうかは、わかっていませんでした。 ② 日本列島に生息するコウモリの中でも、長距離飛翔が可能と考えられている「ヒナコウモリ」に着目。DNA解析を行い、夏と冬の集団を比較することで季節的な移動の可能性を検討しました。 ③ 調査の結果、北海道の集団と本州の集団が季節に関係せず、遺伝的に異なることがわかりました。これは、集団での津軽海峡を越える季節移動が起きていないことを示しています。 ④ 本州の集団は、越冬地よりも出生地である夏の場所への固執性を持つことが示され、季節移動していることが示唆されました。 ⑤ 本研究成果は、日本動物学会の学術誌『Zoological Science』に42巻3号掲載予定で、2025年4月25日より早期公開されています。 |
■研究背景
ヒナコウモリ(Vespertilio sinensis)は、日本列島をはじめ東アジアからロシア沿海州にかけて広範に分布しています【図1】。春季から夏季の終わりにかけてメスのみで集団を形成し、出産・哺育を行いますが、秋季にはこの集団は解散し、冬季は冬眠することが知られています。翼の形態的特徴から長距離飛翔能力を持つと考えられており、標識調査※1によって鳥類の渡りのような季節的な移動を行う可能性が指摘されていました。しかし、国内におけるコウモリ類の移動生態に関する研究は極めて少なく、国外との往来の可能性や移動を制約する要因などについては十分な議論がなされていません。また、コウモリの移動に関する情報は、感染症疫学やコウモリ保全の観点からも非常に重要であるにもかかわらず、東アジア全体においても十分な知見の集積には至っていません。
■研究成果
本研究では、日本国内の広範な地域(北海道から京都府に分布する11集団、計273個体)のヒナコウモリを対象に、ミトコンドリアDNA※2のチトクロームb遺伝子(cytb)※3の塩基配列を解析し、集団遺伝構造※4を明らかにしました。さらに、夏季と冬季の集団を比較することにより、季節移動の可能性について検討しました。
その結果、北海道の集団と本州の集団との間に明瞭な遺伝的分化が認められ【図2】、津軽海峡が両地域間の季節移動における地理的な障壁として機能している可能性が示唆されました。また、本州の集団に限定して地理的距離と遺伝的距離の関連性を検証したところ、夏季には地理的に離れるほど集団間の遺伝的距離も遠くなる傾向(地理的距離による隔離)が観察されました。しかし、冬季にはそのような傾向は見られませんでした。この結果は、夏季には遺伝的に近縁な個体同士が集団を形成する一方、冬季には遺伝的に遠い個体も同じ集団で越冬している可能性を示唆しています。すなわち、越冬地には多様な地域(遺伝集団)の個体が集まるのに対し、夏季には出生地へ戻る傾向があることを示すと考えられます。これらの移動パターンは、従来の標識調査によって示唆されてきた移動パターンと一致しており、本種が越冬地と出生地の間で季節的な移動を行っていることが、DNA解析によって初めて裏付けられました。
■今後の展望
ヒナコウモリは、これまで日本各地で市民団体や研究者をはじめとする多様な立場の人々によって保護活動や調査研究が進められてきました。しかしながら、コウモリは夜行性であり、体も小さいため、鳥類のように渡りの経路を追跡することが困難であり、広範囲にわたる移動生態の多くは依然として不明な点が多く残されています。本研究は、各地で長年にわたり地道な観察を継続されている多くの方々のご協力によって、これまで謎に包まれていたコウモリの移動生態の一端を明らかにすることができました。今後の研究では、より多くの遺伝情報を用いた詳細な解析を行うことで、移動・分散パターンが性別によってどのように異なるのかを解明し、ヒナコウモリの包括的な移動生態の解明に取り組んでいきたいと考えています。
■論文情報
タイトル |
: |
Population Genetics of the Asian Parti-Colored Bat Vespertilio sinensis: Insights into Seasonal Migration in the Japanese Archipelago |
著者 |
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上山隼平(東海大学 大学院生物研究科2023年度修了生)、河合久仁子(東海大学生物学部生物学科教授) |
掲載雑誌 |
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Zoological Science |
DOI |
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<用語説明>
※1. 標識調査:捕獲したコウモリに識別のためのリングを取り付け、移動を追跡する調査。標識した個体の再捕獲が必要になるが、移動距離や寿命など多くの情報が得られる。
※2. ミトコンドリアDNA:細胞内に多数存在する細胞内小器官、ミトコンドリアの中に含まれるDNA。母親からのみ子に遺伝情報が伝達(母性遺伝)される。
※3. チトクロームb遺伝子(cytb):ミトコンドリアDNAのタンパク質をコードする一領域。比較的変異率(塩基の置換速度)が速いことから、種内・種間の系統解析で広くに用いられる。
※4. 集団遺伝構造:遺伝的多様性や他集団からの遺伝的分化の程度などから集団をグループ分けし、特徴づけられる構造のこと。
<研究に関するお問い合わせ> 東海大学 生物学部生物学科 河合 久仁子 TEL. 011-571-5111(代表)
<本件に関するお問い合わせ> 東海大学札幌カレッジオフィス 田中 TEL. 011-571-5111(代表) |