野生イルカのうんちから年齢を推定 野生水生動物の糞から抽出したDNAのエピジェネティッククロックを用いた 年齢推定に世界で初めて成功

2023年12月18日

 ■年齢のわかっている野生のミナミハンドウイルカから、水中で糞を採取。

 ■糞からDNAを抽出し、2つの遺伝子領域のメチル化率を測定。

 ■加齢に伴うメチル化率の変化から、5歳(寿命の10%)程度の誤差で年齢推定できる予測式を作成。

 ■動物に触れることなく年齢がわかれば、個体群の人口ピラミッドが作成でき、絶滅リスクの予測などが可能になる。

 

【概要】

三重大学大学院生物資源学研究科博士後期課程3年の八木原風さんは、同研究科の森阪匡通教授(共同責任著者)、吉岡基教授(現・三重大学理事)、および京都大学野生動物研究センターの村山美穂教授(共同責任著者)、同大学理学研究科博士後期課程の惠元さん、新井花奈さん、東海大学生物学部海洋生物科学科の北夕紀准教授、御蔵島観光協会の小木万布さんとともに、糞の中に含まれるイルカのDNA情報を用いて年齢を推定する手法を開発しました。イルカをはじめ野生動物の年齢推定には、寿命を超える長い期間での観察研究や、動物の捕獲を必要とする方法が一般的であったため、長寿の野生動物の年齢推定はきわめて難しい状態でした。本研究は、野生水生動物の糞などの非侵襲的な試料由来のDNAに対して、初めてエピジェネティッククロック解析に成功した画期的な研究成果です。ミナミハンドウイルカの生態理解と保全に役立つのみならず、他の野生動物への応用への第一歩となる可能性があります。

本研究は、御蔵島観光協会の協力のもと実施しました。 また、この研究成果は2023122日に、国際学術誌「Molecular Ecology Resources」にオンライン掲載されました。

 

【背景】

年齢は、生物を理解するうえで大切な「生まれ、成熟し、死ぬまでのサイクル(生活史)」をきちんと知るために欠かせない情報です。また年齢は、私たちが人口ピラミッドから未来を考えるのと同じように、長い寿命を持つ生き物の未来の個体数を予測する上でも役立ちます。野生動物の年齢を知る方法としては、その動物の寿命を超える期間で、各個体を識別し、追跡する長期観察研究や、その動物の生体試料(歯など)を採取し、その試料に備わった年齢を示す形質(歯であれば、断面に現れる年輪など)を調べて推定するのが一般的です。しかし、長寿の動物の観察研究はきわめて難しく、また、歯などの生体試料を採取するためには個体の捕獲などが必要であることが多く、野生動物へのストレスや悪影響のみならず、研究者自身がさらされる危険も存在します。したがって、動物にも研究者にも安全で、簡単に採取できる試料から年齢推定する方法が求められています。ヒトを対象とした研究において、生体にもともと備わっているエピジェネティクスと呼ばれるしくみ、つまり、DNAの塩基配列を変えずに遺伝子の転写・翻訳を調節するしくみに、老化と関連する変化が存在することが明らかになってきました。その中でも「DNAのメチル化」と呼ばれる現象が、年齢に応じて頻度が変化することを用いて、ヒトにおいてまず年齢推定ができるようになり、近年になり野生動物にも応用されつつあります。しかし、個体に触れずに採取できる試料を用いた研究例はほとんどありませんでした。そこで本研究では、この方法を野生のイルカの糞から抽出したDNAに応用しました。糞などの非侵襲的試料は、血液や皮膚などとは異なりDNAの濃度が低く、断片化しやすく、解析を阻害する物質が含まれます。さらに水中という環境ではDNAの分解が進みやすいため。この方法が野生のイルカに使えるかすらわかりませんでした。

 

【研究内容】

年齢推定を行うには、実年齢のわかっている個体から糞を採取して、その糞から抽出されたDNAのメチル化率を測定し、年齢とメチル化率の相関関係を調べる必要があります。幸い、私たちが対象とした東京都御蔵島周辺に生息する野生のミナミハンドウイルカについては、29年間にわたり、体の傷などを手がかりに11頭を見分け、約150頭のほぼすべての個体が識別されており、その情報は御蔵島観光協会が管理しています。この識別情報を用いると、この期間に生まれたイルカは基本的に生まれ年がわかるので、実年齢を計算できます。また、御蔵島ではイルカスイムが行われており、水中で糞をするシーンに遭遇できます(図1)。本研究では、小型アクションカメラとポリエチレンチューブ(図2)を持って水中に入り、イルカが排泄をしたら、その糞を採取するとともにそのイルカの撮影を行いました。その後実験室にて、採取した糞からDNAを抽出し、2つの遺伝子領域(GRIA2CDKN2A)を対象にメチル化率を測定しました。この領域では他のクジラやイルカの皮膚から抽出されたDNAで年齢推定の成功例がありました。61サンプルの糞から抽出したDNAの内、30個体から得られた36サンプルのメチル化率を調べることができました。得られたメチル化率と実年齢の間には相関関係が認められ、ミナミハンドウイルカの50年程度の寿命に対して、平均5歳程度の誤差での年齢推定が実現できました(図3)。本研究は、野生の水生動物の糞などの非侵襲的な試料由来のDNAに対して、初めてエピジェネティッククロック解析に成功した画期的な研究成果となりました。

 

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1 糞をするミナミハンドウイルカ。煙幕状になった糞の中に存在する塊(固形物)を選択的に採取した。写真提供:御蔵島観光協会

 

 

 

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2 採取に使用した道具
(左:個体識別のための記録をとるアクションカメラ、右:糞の採取に用いたポリエチレンチューブ)

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3 実年齢と糞中のDNAから推定された年齢の関係。青の波線は平均誤差を示す

 

【今後の展望】

これまで、野生動物の糞由来のDNAを用いた年齢推定の研究はほとんどありませんでした。DNAは水と触れ合うことで分解されてしまうため、イルカの生息する環境は本来遺伝子解析には適しません。DNAの保存に不向きな環境で採取された糞から年齢推定が実現できたということは、イルカやクジラだけでなく、陸生哺乳類でも糞を利用した年齢推定が実現できることを示唆しています。こうした非侵襲的な試料を用いた年齢推定手法によって、希少種や大型で捕獲が困難な種などからも年齢情報を得られることが期待されます。年齢情報を得ることでその種の生活史をはじめとした生態の理解が進みます。また、生活史と人口ピラミッドとを組み合わせることで、その動物の将来の絶滅リスクを統計的に予測し、保全策を考えることもできます。糞を利用した年齢推定を通して、野生動物の生態の理解が進み、動物と人類の共存につながることが期待されます。

 

本研究は、JSPS科研費(17K19426 21K05726 21K12331 22J12473)、環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20214001)、京都大学野生動物研究センター共同研究助成、東海大学総合研究機構研究助成、 東海大学連合後援会研究助成の助成を受け、実施されたものです。

 

【論文情報】

掲載誌:     Molecular Ecology Resources

掲載日:     2023122

DOI:      https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1755-0998.13906

論文タイトル: Non-invasive age estimation based on faecal DNA using methylation-sensitive high-resolution melting for Indo-Pacific bottlenose dolphins

著者:      Genfu Yagi, Huiyuan Qi, Kana Arai, Yuki F. Kita, Kazunobu Kogi, Tadamichi Morisaka, Motoi Yoshioka, Miho Inoue-Murayama

 

 

<研究に関するお問い合わせ>

三重大学大学院生物資源学研究科 三重大学大学院生物資源学研究科附属鯨類研究センター 

森阪 匡通

E-mail : chaka@bio.mie-u.ac.jp

TEL : 059-231-6975

 

京都大学野生動物研究センター

村山 美穂

E-mail : murayama.miho.5n@kyoto-u.ac.jp

 

東海大学生物学部海洋生物科学科

北 夕紀

E-mail : y2bridge@tsc.u-tokai.ac.jp

 

<報道に関するお問い合わせ>

三重大学 企画総務部総務チーム(広報室) 土口

E-mail : koho@ab.mie-u.ac.jp

TEL : 059-231-9789

 

京都大学 渉外部広報課国際広報室 山本

E-mail:comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
TEL
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東海大学 ウチムラカンゾウカレッジ札幌オフィス 広報担当 松島

E-mail : yusuke@tsc.u-tokai.ac.jp

TEL : 011-571-5111(代表)

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