海の深さ11,000 mを、どこまで正確に測れるか ―「白鳳丸」による地球最深部の海底地形観測―

2026年09月16日

 国立極地研究所の藤井昌和助教、東京大学大気海洋研究所の田村千織技術専門員、沖野郷子教授、海上保安庁/名古屋大学/東海大学の小原泰彦博士の研究グループは、学術研究船「白鳳丸」に搭載されたマルチビーム音響測深機を用いて、地球上で最も深い場所として知られるマリアナ海溝チャレンジャー海淵の海底地形を観測しました。さらに、約11,000 mという全球海洋最深部において、水深推定値が海水中の音速構造や観測条件によってどの程度変化するかを体系的に評価しました。

 チャレンジャー海淵の西部・中央・東部の3海盆を横断する海底地形データを5種類の海水音速モデルを用いて処理した結果、東部の最大水深は10,91410,932 mとなり、モデルによって最大18 mの幅が生じました。本研究の推奨モデルでは、チャレンジャー海淵の最大水深を10,927 mと推定しました。

 本研究は、新たな「世界最深記録」の決定ではなく、地球最深部を船上から測定する際、水深の推定を左右する要因を明らかにすることを目的としています。音響測深の基本原理は「水深海水中の音速×音が海底まで往復する時間÷2」ですが、海水中の音速は水温、塩分、圧力によって変化します。さらに、11,000 mもの深海では、船の位置や姿勢、船速、音響ビームが海底を捉える範囲も推定に影響します。


 本研究では、音響測深データに5種類の音速モデルを適用し、観測条件も含めた水深値の変化を初めて体系的に評価しました。さらに、生データから処理フローまでを公開し、将来の再解析を可能にしました。

チャレンジャー.jpg図1:本研究の成果概要

<研究の背景>

 マリアナ海溝のチャレンジャー海淵は、地球上で最も深い海域として知られています。その水深は、1984年に海上保安庁の測量船「拓洋」がマルチナロービーム測深機「Sea Beam」を用いて精密測量して以来、観測技術の発達とともに繰り返し測定されてきました。しかし、近年の高精度な観測であっても、報告される最大水深には数mから十数m程度の違いがあります。

 では、なぜ同じ地球最深部を測っているのに、水深値が完全には一致しないのでしょうか。船上からの音響測深では、船から海底に向けて音を出し、海底で反射して戻るまでの時間を測ります。水深約11,000 mでは、海水中の音速を約1,500 m毎秒とすると、音が海底まで届くのに約7秒、船まで戻るまでに約15秒かかります。原理そのものは単純ですが、約11,000 mを数m単位で議論することは、およそ1万分の1のスケールの違いを問題にすることになります。

 そこで特に重要になるのが海水中の音速です。音速は水温、塩分、圧力によって変化し、その影響は海面から約11,000 m下の海底までの長い音の伝播経路に積み重なります。また、実際のマルチビーム音響測深では、船の位置・姿勢・動揺やビームの方向を用いて、それぞれの音響測深点の位置と水深を計算します。さらに、非常に深い海底では、一つの音響ビームが捉える海底の範囲そのものも大きくなります。

 このため、全球海洋最深部の水深を数m単位で比較するには、どのような海洋構造を用い、どのような条件で観測し、どのように処理した値なのかをあわせて評価する必要があります。

 

<研究の成果>

チャレンジャー海淵の最深部―本研究の推定値は10,927 m

 2023年のKH-23-9航海では、「白鳳丸」に搭載されたマルチビーム音響測深機「Kongsberg EM124」を用いて、チャレンジャー海淵の西部・中央・東部の3海盆を横断する海底地形データを取得しました。

 本研究グループはこの測深データを5種類の海水音速モデルで処理しました。その結果、東部海盆の最大格子水深は10,91410,932 mとなり、モデルによって最大18 mの幅が生じました。

 5種類のモデルのうち、2023年に「白鳳丸」で取得した上部約1,900 mXCTD観測と、1992年に同船が取得した全水深CTD観測を組み合わせた音速モデルを推奨モデルとしました。これは、観測時期に最も近い上層の海洋構造を反映しつつ、全水深にわたる音速構造を与えられるためです。このモデルでは、西部・中央・東部海盆の最大水深はそれぞれ10,926 m10,912 m10,927 mとなり、チャレンジャー海淵の最大水深の推定値は10,927 mとなりました。

 この結果から、全球海洋最深部を数m単位で比較する際、水深の数値だけでなく、どの音速モデル、鉛直基準、観測条件、処理方法を用いた値なのかをあわせて示す必要があることが分かりました。

 一方、3海盆の大規模な海底地形は、異なる音速モデルでも安定して再現され、過去の高精度観測ともよく一致しました。つまり、海盆規模の地形は頑健に捉えられる一方、局所的な最大水深を数m単位で議論すると、その値は海水音速構造や観測・処理条件の影響を受けやすいことが分かりました。

 

11,000 m下では、一つの音も「点」を見ているわけではない

 もう一つ重要なのが、一つの測深値が海底のどの範囲を代表しているのかという問題です。マルチビーム音響測深機が発する一つ一つの音響ビームには一定の広がりがあります。懐中電灯を遠くに向けるほど照らされる範囲が広がるのと同じで、海底が深くなるほど、一つの音響ビームが海底を照らす範囲、すなわち「フットプリント」も大きくなります。「白鳳丸」のEM124のビーム幅は、船の進行方向とそれに直交する方向でそれぞれ2°(2°×2°)です。水深11,000 mの平坦な海底を真下に見ると仮定した単純計算でも、一つのビームが海底を照らす幅は約400 mになります。

 音響測深では、このような数百m規模の範囲から返ってくる音を捉え、多数の測深データを組み合わせることで海底面を推定しています。狭い凹地や急な起伏がある場合には、フットプリントが大きいほど、最も深い部分が十分に表現されない可能性があります。今回公開した海底地形は100 m間隔の格子で表現されていますが、格子間隔は計算上の地図の細かさであり、実際に一つの音が海底を照らす範囲とは別のものです。

 こうした「どこを測っているのか」という空間的な代表性も、全球海洋最深部で数mの水深差を議論する際には重要になります。

 

船の走り方も「測定」の一部

 同じ測深機を使っていても、研究船の走り方によって得られるデータは変わります。今回の「白鳳丸」では、主な観測測線を電気推進で4ノットという低速で航行したほか、海盆間を移動する8ノット時や、機械推進による15ノット時にもデータを取得しました。

 その違いは、実際に有効な水深値として採択された測深データの割合にも現れました。採択率は東西4ノットで87%8ノットで84%だったのに対し、南北4ノットでは80%15ノットでは78%でした。特に東西4ノットでは、船の直下に近い中央ビームの採択率が93%と高く、密で連続した海底データが得られました。

 15ノットでは一つ一つの測深点の間隔が広がり、データはより疎になりました。また、同じ4ノットでも南北方向の測線では、船の進行方向に対し、海底地形が急激に変化する区間で測深値のばらつきが大きく、有効なデータの割合が低くなりました。

 この結果は、超深海を精密に測るためには、測深機の性能だけでなく、船速や海底地形に対する測線方向も観測データの質に影響することを示しています。音が往復する時間、海水中の音速、船の位置と動き、船速、音が海底を照らす範囲を、一つの観測システムとして扱う必要があります。

 

<観測データがつなぐもの>

30年を隔てた「白鳳丸」の観測をつなぐ

 今回の水深計算では、2023年のKH-23-9航海で取得したXCTD観測に加えて、1992年に同じ「白鳳丸」がチャレンジャー海淵で取得した全水深CTD観測を利用しました。さらに、2016年のドイツ研究船「Sonne」、2020年の米国DSV Limiting Factor」による全水深観測などをもとに、5種類の海水音速モデルを作成しました。これらのうち、研究グループが推奨モデルとしたのは、2023年の「白鳳丸」で実測した上部約1,900 mの海洋構造と、1992年の「白鳳丸」が取得した全水深CTDを組み合わせたものです。つまり、今回の地球最深部の地形図には、30年以上を隔てた二つの「白鳳丸」の現場観測がともに活かされています。

 これは、研究船による観測データが、その航海終了とともに役割を終えるわけではないことを示しています。現場で精度よく取得され、適切に保存されたデータは、新しい観測装置や解析手法、新しい科学的な問いと組み合わせることで、数十年後にも再び価値を持ちます。

 一方で、1992年から2023年まで深層海洋の状態が全く変化していないことを意味するものではありません。将来、今回の音響観測と同時期の全水深CTDなど、より高精度な音速情報が得られれば、今回公開した音響測深データを再処理し、その影響を改めて評価することができます。

 

<データ公開と今後の展望>

10,927 mを、将来もう一度検証できるように

 本研究では、最大水深の数字だけでなく、その数字がどのように得られたのかを将来検証できることを重視しました。そのため、「白鳳丸」のEM124で取得した生の音響測深データ、処理済み測深点データ、異なる音速モデルから作成した海底地形グリッド、海水音速モデル、船体・センサー配置情報、さらに海底地形グリッドを作成するための処理フローまでを公開しました。

 これにより、将来、観測時期のそろった全水深CTDやより精密な鉛直基準が利用できるようになった場合にも、今回の観測データを再び利用できます。また、研究船からの音響測深、潜水船による圧力観測、海底近傍からの高解像度観測など、異なる方法で得られた水深を比較するための基準データとしても利用できます。現場で測るだけでなく、観測条件とデータを再検証できる形で残すことも、本研究の重要な成果です。

 

未測域の観測へ

 次の課題は、こうした異なる観測を組み合わせ、10,927 mという推定値をさらに厳密に検証することです。一方、人工衛星から詳細に観測できる陸域とは対照的に、現在も海底地形が得られていない海域が広く残されています。海盆の大深海域や、海氷に覆われる北極海、南極の棚氷下など、実際にその場所へ行き、観測しなければ分からない領域です。

 今回の結果は、海底を精密に測るには、その上の海洋を測ることが切り離せないことを示しました。今後は、海底地形・地球物理観測と海洋観測を組み合わせ、さらに海底下までを一つの地球システムとして理解することが重要です。そのためには、科学的な問いと、それを現場で確かめるための研究船、観測機器、自律型無人探査機などの研究基盤の両方が必要です。南極観測船「しらせ」や北極域研究船「みらいII」などを活用し、氷に覆われた未探査の極域で、海洋・海底地形・海底下の固体地球を一体として観測する機会が広がることが期待されます。

 

<発表論文>

掲載誌 :Scientific Data

タイトル :Full-ocean-depth EM124 mapping of the Challenger Deep by R/V Hakuho-maru and depth-estimate sensitivity tests

著  者:藤井 昌和(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教 / 総合研究大学院大学 助教)

田村 千織(東京大学 大気海洋研究所 技術専門員)

小原 泰彦(海上保安庁海洋情報部 海洋地質情報総合分析官 / 名古屋大学大学院環境学研究科 客員教授 / 東海大学海洋研究所 研究員)

沖野 郷子(東京大学 大気海洋研究所 教授)

DOI:10.1038/s41597-026-08267-z

論文公開日: 2026916

報道解禁日時:202691618時(日本時間)

 

<公開データ>

海水音速モデルデータセット

Fujii, M. & Tamura, C.

Seawater sound velocity model dataset for full-ocean-depth EM124 mapping of the Challenger Deep by R/V Hakuho-maru

Arctic and Antarctic Data archive System (ADS), Version 1.00

DOI: 10.17592/001.2026032302

 

海底地形データセット

Fujii, M. & Tamura, C.

Bathymetric dataset for full-ocean-depth EM124 mapping of the Challenger Deep by R/V Hakuho-maru

Arctic and Antarctic Data archive System (ADS), Version 1.00

DOI: 10.17592/001.2026032303

 

<研究サポート>

本研究は、東京大学大気海洋研究所の共同利用学術研究船「白鳳丸」共同利用(JURCAOSSH23-07)、JSPS科研費(JP19KK0090JP22H01337JP23K22608JP23K17709)、情報・システム研究機構(ROIS)戦略的研究プロジェクトの支援を受けて実施されました。

 

 

お問い合わせ先

 

■研究内容について 国立極地研究所 先端研究推進系 地圏研究グループ 助教

総合研究大学院大学 助教

藤井 昌和(ふじい まさかず) E-mail : fujii.masakazu@nipr.ac.jp

 

■報道について   国立極地研究所 広報室

 TEL : 042-512-0655 FAX : 042-528-3105 E-mail : koho@nipr.ac.jp

東京大学 大気海洋研究所 附属共同利用・共同研究推進センター広報戦略室

 E-mail : kouhou@aori.u-tokyo.ac.jp

海上保安庁 海洋情報部 企画課

 TEL:03-3595-3620 E-mail : jcgh-kaiyokikaku-2x3z@ki.mlit.go.jp

名古屋大学 総務部広報課

 TEL:052-558-9735 E-mail : nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp

東海大学 静岡カレッジオフィス 企画・広報係

 TEL:054-337-0144 E-mail : koho-shizuoka@tokai.ac.jp

一覧へ戻る