学校法人東海大学望星学塾
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12月3日(日) Rasty Kanokogi Memorial 第37回塾友杯少年柔道大会に19団体240名が参加します!

1.期 日 2017年12月3日(日)
9:00 開会式・Kanokogi賞表彰他・試合(小学4年生の部まで)
11:30 午前の部終了
12:00 午後の部開始式・試合(小学5年生の部〜中学生の部)
16:30 閉会式
(受付は8:00より開始します。午後の部は11:00までに集合願います。)
2.場 所 学校法人東海大学望星学塾2F柔道場
3.趣 旨 柔道を学ぶ少年少女達が明るく逞しく健やかに成長することは万人の願うところです。松前柔道塾では、後援会である塾友会の協力を得て、年の終わりに1年間の練習成果を試合で試みる目的をもって、塾友杯少年柔道大会(個人戦)をNPO法人柔道教育ソリダリティーとの共催で開催します。また、第32回大会より、女子柔道の普及発展に尽力したラスティ・カノコギさんの精神と行動を広く知らせ、次世代に継承することを目的に、「Rusty Kanokogi Memorial」という冠名をつけ、実施しています。大会を通じて少年少女達が平素の心身にわたる練習成果を充分に発揮し、柔道への意欲とお互いの友情をますます深めさらに成長することを望むものです。
4.参加団体 19団体 240名(幼年・小学生・中学生)
(1)武蔵野青少年柔道会 8名
(2)東村山市柔道連盟 9名
(3)武蔵村山市柔道連盟 13名
(4)一道館田代道場 5名
(5)バディ柔道クラブ世田谷 3名
(6)バディ柔道クラブ江東 8名
(7)鈴木道場 9名
(8)相武館吉田道場 13名
(9)バディ柔道クラブ横浜 7名
(10)バディ柔道クラブはるひ野 4名
(11)川口市柔道連盟クラブ 9名
(12)NPO法人志陽館 4名
(13)浦和柔道センター 修心塾 12名
(14)昭道館池内道場 19名
(15)東海大学付属翔洋高等学校中等部 12名
(16)山柔道塾 11名
(17)KROC CENTER HAWAII JUDO CLAB 6名
(18)GUAM JUDO ASSOCIATION 2名
(19)松前柔道塾 86名
5.協 賛 この大会には、個人14件、団体(企業)23件の協賛をして頂きました。

6.ラスティ・
カノコギさん
について

ラスティ・カノコギさん(Rusty Kanokogi 1935〜2009)は、米国・ニューヨークのブリックリン出身。ブルックリンYMCAで柔道を始めた1955年当時は、男子の中でたった一人の女性だった。1959年のニューヨーク州選手権大会に、負傷した選手の代わりに胸にバンテージを巻いて男子に見せかけ出場し一本勝ちしてチームも優勝した。しかし、出場規定に性別が決められていなかったにもかかわらず、試合後に女子と分かって金メダルを剥奪された。これを悔しく思ったラスティさんは、後に続く女性に同じ思いはさせたくないと決心し、女子柔道の普及はもとより広く女性のスポーツ参加に全力を傾注していった。
1979(昭54)年12月、国際柔道連盟(以下IJF)会長に就任した望星学塾及び東海大学創立者の松前重義博士は、ラスティさんの情熱に心打たれ、その構想に理解を示して、以後二人三脚で女子柔道の普及を進めた。ラスティさんは、誰も手を挙げなかった女子世界選手権大会開催に手を挙げ、自宅を抵当に入れて資金をねん出し、組織委員長として成功に導いた。1980年11月にニューヨークで開催された女子柔道の初の世界選手権大会は米国の女性が、自身の経営する柔道クラブの仲間とともに主管した手作りの大会であったことを忘れてはならない。彼女の柔道への情熱と無私の精神が、小さな一歩であったが世界への扉を開いたのである。
その後、IJFは女子世界選手権大会開催の実績を積むとともに五大陸における普及を図ってオリンピック種目採用の条件を整えていった。IJF内の意思統一、及びIOCとの交渉に困難な面もあったが、最終的に松前会長は、男子無差別級の代わりに女子柔道を採用することで意見をまとめ、IOCとの交渉で女子柔道のオリンピック参加を実現させた。女子柔道は1988年のソウルオリンピックで公開競技、1992年のバルセロナオリンピックで正式種目になり、今日に至っている。
ラスティさんがいなければ、女子柔道のオリンピック参加は10年以上遅れていたのではないかと言われている。2009年11月21日逝去、享年74歳。

 


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