学校法人東海大学望星学塾
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由来と碑文


●望星学塾の由来

望星学塾・東海大学創立者
松前 重義
(1901〜1991)

望星学塾の創立者・松前重義博士は、青年時代にキリスト教思想家内村鑑三に接し、「人生いかに生くべきか」の土台の上に自らの生涯の使命を発見しなければならない、という信念を持ちました。そして、内村主宰の聖書研究会でデンマークの宗教思想家ニコライ・グルントヴィの教育運動を知り、自らも教育者の道を志します。
グルントヴィは1864年、敗戦で荒廃したデンマークにあって、祖国を救う道は青年教育の外にないと考え、農村青年の全人教育をめざす国民高等学校の運動を提唱しました。
1933年(昭和8年)、ドイツに留学した松前重義博士は、翌34年1月、念願のデンマークを訪れ、国民高等学校に寄宿して、その教育事情をつぶさに視察しました。帰国後、長距離無装荷ケーブル通信方式の研究に対する奨学祝金を基金として、東京・武蔵野の一角にデンマーク国民高等学校を範とした小さな私塾を開きました。これが望星学塾です。


●戦前の望星学塾

当時学塾で行なわれていた主な活動は、教育研究、聖書研究、海外伝導、出版事業等多岐にわたっていました。その中で、学塾の精神を広く世に問う活動としては講師を招いて塾舎で開く講演会と、塾舎外で一般人を対象とする講演会がありました。
記録によれば1940年(昭和15年)3月には、内村鑑三先生記念望星講座と銘打って、東京・神田で5日間にわたる連続講演会が開かれました。戦争の気配が日に日に高まりつつある中で、科学と宗教の立場から明日の新しい世界観を提唱して行なわれたものです。講師には三谷隆正、政池仁、石原兵永、松前重義といった人たちが交互に立ち、毎回120人前後の聴衆を集めたということです。

●2人の思想家と望星学塾

松前重義博士に強い影響を与えた二人の人物がいます。それは内村鑑三(1861〜1930)とニコライ・グルントヴィ(1783〜1872)です。
内村鑑三は、無教会主義を唱えたキリスト教理想家で、近代日本人の精神形成に大きな影響を与えました。 日露戦争前に非戦論を唱えた平和主義者としても知られています。
グルントヴィは、戦争に敗れたデンマークの再興につくしたルター派の宗教教育者です。戦争で荒廃した祖国を救う道は全人的な青年教育によるしかないとして、国民高等学校運動による農村青年教育を提唱し、酪農国家デンマークの基礎を築きました。


 

 

内村鑑三(1861〜1930)



ニコライ・グルントヴィ
(1783〜1872)

●理想を求めて武蔵野の地に

逓信省(現日本郵政公社・NTTなど)の技師だった松前重義博士は、『長距離無装荷ケーブル通信方式』を研究・開発し、今日の電気通信の進歩に偉大な貢献をしました。博士の理想は、世界の国々を通信で結び、人類の平和や文化の交流のために技術を用いることにありました。
この研究に対し電気学会から奨学祝金が贈られました。博士はこの祝金を基金の一部として、念願だった望星学塾を開設しました。


●人生観、歴史観、世界観の研鑽

開設当時の活動を支えた同志の人たちは、ここで教育研究、デンマーク体操などにはげみ、お互いの人生観、歴史観、世界観を培いました。当時の塾生の中から多数の人が社会各界に指導者として巣立っています。
学塾の活動は戦争によって中断を余儀なくされましたが、1976年に再開され、現在は学校法人東海大学の機関として創設の理念を継承し、地域における社会教育活動を積極的に展開しています。

 

 


デンマーク体操に励む

この碑文は、1981年の望星学塾新館落成にあたり、学塾創立者・松前重義博士によって書かれたもので、御影石に篆刻され、学塾正門脇に設置されています。
碑文の中で松前博士は、望星学塾創立の経緯と当時の活動にふれ、 「国の将来は教育によって有為なる青年を世に送り出すことにある」とその信条を述べています。そして、今日の東海大学が望星学塾を母胎として生まれたことを明記しています。
松前重義博士の胸像(北村西望作)は
昭和57年5月、小野山隆也氏より寄贈された
 

 

 


(碑文)
望星学塾発祥の地

昭和十一年無装荷ケーブル通信方式
の研究により 電気学会から贈ら
れた浅野奨学祝金を基金として
私はこの地に望星学塾を創設し
た この学塾は祖国の将来は教育
によって有為なる人材を世に送る
にあるとの信念からデンマーク復興の
父ニコライ・グルントウィの国民高等学
校の教育を範として開いた青年
道場である
ここに私は青年たちの宿舎、体
育館兼講堂、図書館を造り、
同志篠原登博士、大久保真太郎
氏をはじめ有為の青年たち
と共に聖書の研究世界の歴
史思想の研鑚を続けた
私はかねて正しい思想教育の礎
の上にのみ科学技術は社会を
国家に対してすぐれた歴史的
役割を果たすことができると主張し
ておった
今日の東海大学建学の精神
はここに発しており本学塾は
まさに東海大学の母胎と言
わなければならない
私は学塾の信条として

若き日に汝の思想を培え
若き日に汝の体躯を養え
若き日に汝の智能を磨け
若き日に汝の希望を星につなけ

ここに東海大学は出発した
望星の名は汝の希望を星につなげ
に由来する


昭和五十六年九月二十日
松前重義


 

 


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